積層要塞都市ニューフォート。
災厄後に北米で最初に建築されたメガコンプレックスである。
最近の好景気のおかげでかつてニューヨークと呼ばれていた頃の活気と繁栄を取り戻しつつある。
それと反比例するかのように治安は、悪化しつつある。
雇用の促進による人口の増加がその原因である。
「どういうことですかっ?」
ニューヨーク市警のオフィスに怒声が響きわたる。
その声の元は、一人の警官だった。ニューヨーク市警では、珍しい東洋人だ。
怒鳴っている東洋人の顔は、精悍だが目は、優しく顔の精悍さを和らげている。
動物で例えるならば狼というよりも猟犬のようだ。
長身で無駄な脂肪がついてない一目で鍛え上げられたとわかる体。
その身をニューヨーク市警の制服ではなくライダースーツで包んでいる。
机を挟んで上司である白人の警部を睨みつけている。
机が無ければ掴みかからんばかりの勢いだ。
「落ち着きたまえ。鳳翔巡査」
「落ち着け? これが落ち着けますか? マイケル警部殿」
鳳翔と呼ばれた男は、マイケルの言葉を聞き落ち着くどころか更に声を荒げる。
マイケルは、冷静に鳳翔の様子を見ている。
このやりとりもニューヨーク市警の名物となっている。
鳳翔 刻は、五年前ある事件に巻き込まれトーキョーN◎VAの高等警察ブラックハウンドを
辞めこのニューヨークにやってきた。
最初は、警察と無縁の生活を送っていたが凶悪犯逮捕に協力しニューヨーク市警にその前歴と腕前を買われ再び警官となったのだ。
「いったい何の理由があって奴が釈放になるんですか?
取引現場を抑えたし証拠品だって腐るほどある。上は、何を考えているんですか?
それともあれですか? 上もカーライルシンジケートに買収されているってことですか?」
鳳翔は、一気にまくしたてた。
鳳翔は、一週間前、北米大陸最大勢力のマフィアであるカーライルシンジケートの麻薬取引現場に突入し激しい銃撃戦の末、幹部の一人、ジャンルイジとその構
成員達を逮捕した。
だが今日、ニューヨーク市警にやってきてみるとそのジャンルイジが堂々と入り口から歩いて出て行く場面に出くわしたのだ。
しかも詰め掛けた記者達に自分の無罪と警官の無能と横暴を声高に訴えながらだ。
同僚達が鳳翔に気がつき取り押さえなければ鳳翔は、ジャンルイジに向かっていき殴っていたに違いない。
ジャンルイジが去っていった後ようやく解放された鳳翔は、すぐさまオフィスに駆け込み上司のマイケルに怒鳴り込んだのだ。
「鳳翔巡査。口を慎みたまえ」
マイケルは、冷静な口調で鳳翔の言葉に割り込んだ。
マイケルにとって鳳翔は、頭の痛い部下だった。命令違反と独断専行は、当たり前。
上司であろうとおかまいなく噛みついてくる。
それでいて犯人を逮捕し事件は、解決してくる。まるで人になつかない猟犬のようだ。
だがこの猟犬とも今日でお別れだ。マイケルは、口を開いた。
「君は、もうそのことは気にしなくていい」
「どういうことですか?」
「君は、今日で首だ」
「首? ああ。そういうことか。あんたも買収されてたってことか。
そんな野郎と仕事するのは、こちらから願い下げだ」
鳳翔は、マイケルに向かって右手の中指を立てた後、背を向けた。
その様子に動じることもなくマイケルは、鳳翔を呼び止めた。
「人の話は、最後まで聞きたまえ。君は、ブラックハウンドに戻ることになる。
ブラックハウンドから引き抜きの話があり上は、君を放出することにした」
鳳翔は、呆然としている。
まさかブラックハウンドに戻れることになるとは。懐かしい日々が思い浮かんでくる。
自分を一人前にしてくれた先輩のこと、仲間と過ごした楽しい日々、犯罪者との緊張感に満ちた戦い、あの毎日がまた過ごせるようになる。
「荷物を今日中にまとめるように。一週間後にブラックハウンドに着任したまえ。
君を引き抜いたのは、機動捜査課の千早課長だ」
「お世話になりましたっ」
鳳翔は、マイケルに元気よく敬礼すると荷物をまとめるべく自分のデスクに向かっていった。
その後ろ姿を見てマイケルは、一抹の寂しさを覚えた。
頭の痛い部下では、あったがこのニューヨーク市警では、買収に応じず犯罪と戦う気概を持った数少ない本物の警官だった。
鳳翔は、デスクの荷物をまとめ終えるとその足で装備課に向かった。
装備課は、その名の通り警官の装備の補給と整備を行う部署だ。
「おやっさん。いるか?」
「おう。いるぞ」
鳳翔がその声を聞き部屋の中に入る。部屋の中は、きれいに整頓されている。
壁には、様々な銃がかかっている。
鳳翔におやっさんと呼ばれた年配の黒人は、机で銃を分解・整備していた。
おやっさんは、手を止め鳳翔の方に振り返る。
「どうした?」
「俺、ブラックハウンドに戻ることになった。だから別れの挨拶を言いにきた」
「そうか。さびしくなるな」
立ち上がるとおやっさんは、鳳翔にオイルで汚れているゴツゴツとした手を差し出した。
鳳翔も手を出しその手を握る。
「ムラマサは、どうする?」
その言葉を聞き鳳翔は、しばし考え込む。
ムラマサは、このニューヨークで鳳翔が使っていたバイクの名だ。
相棒といっても過言ではない。伝説のバイクと呼ばれ現存する物は、ほとんどない。
鳳翔が出張でデトロイトに行った時、スクラップに埋もれていたのを持ち帰りおやっさんに協力してもらい復元したのだ。
部品は、ニューヨーク市警経由で調達しておりムラマサは、当然ニューヨーク市警の備品となっている。
鳳翔にとってこの相棒と別れるのは、断腸の思いだった。
「持っていく。力ずくでも」
悩んで出た答えがこれだった。
自分の腕とムラマサのスピードをもってすればニューヨーク市警の警官が全員で追いかけてきても逃げ切れる。
その後どうやってトーキョーN◎VAに行くかは、逃げ切った後考えればいい。
鳳翔は、決意を固めると握っていた手を離し入り口に向かう。
「待たんか」
後ろからおやっさんが声をかける。鳳翔は、振り返りおやっさんの元に戻ってくる。
「なんだよ。おやっさん。急いでるんだよ」
「この書類にサインしろ。それでムラマサは、お前の物じゃ」
おやっさんは、鳳翔に書類の挟まったボードを差し出した。
「餞別がわりにくれてやる。お前にしか乗りこなせんバイクを置いていても駐車スペースが
もったいないしの」
「おやっさん。ありがとう」
鳳翔は、書類にサインしボードをおやっさんに返す。
おやっさんは、受け取り鳳翔にムラマサの鍵を渡す。
「元気でやれ。N◎VAの犯罪者達にもリンギオの恐ろしさを教えてやれ」
リンギオは、ニューヨーク市警での鳳翔のあだ名だ。イタリア語で犬の唸り声を意味する。
カーライルシンジケートのマフィア達が鳳翔の乗るムラマサの排気音が犬の唸り声に聞こえる所からつけたと言われている。
あるいは、自分達の買収に応じようとせず噛みついてくる犬を皮肉ってつけたのかもしれない。
「ああ。たっぷりと思い知らせてやる」
鳳翔は、そう言うとボードをおやっさんに返す。元気よくおやっさんに敬礼する。
おやっさんも敬礼を返す。その目は、息子の旅立ちを見守る父親のそれと似ていた。
「じゃ。俺行くよ。おやっさん元気でな」
「ああ。お前も元気でやれよ。整備は、お前がしっかりやれ。
ムラマサをまたスクラップにしたら承知せんぞ」
「わかってる。おやっさんの汗と涙の結晶だもんな。大切に乗るよ」
「しっかりやれ。首になったらまたここに戻ってこい。
お前がいないとチェスの相手に困る」
「結局、おやっさんに一回も勝てなかったな」
「若造がわしに勝つなんぞ百年早い。それにお前は、クィーンを振り回しすぎなんじゃ。
そんなことじゃ女に嫌われるぞ」
「俺には、ムラマサがあるさ。あいつが俺の恋人さ」
「その調子だと先が思いやられるな。さぁ行け。わしは、まだ仕事がある」
そう言うとおやっさんは、席に戻っていった。
鳳翔には、心なしかおやっさんの肩が震えているように見えた。
鳳翔は、装備課を出るとその足でムラマサの置いてある駐車場に向かった。
駐車場には、その名の通り刀の様に鋭角的なデザインを持つムラマサが主を静かに待っていた。
鳳翔は、鍵を回しエンジンに火を入れる。エンジンが徐々に唸りを上げる。
アクセルを回しムラマサを発進させる。犬の唸り声に似た排気音が轟く。
ムラマサが風を切り疾走し始める。
そのまま鳳翔は、ムラマサをニューヨークの街へ向けラストランを始める。
さらばニューヨーク。そして懐かしのあの災厄の街。トーキョーN◎VAへ。
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