Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン2 折れし牙

路地裏のゴミ箱からがさごそと食料を漁っていた空邪の背中に声がかけられた。

感情をまったく感じさせない無機質な声だ。

「千早 空邪だな」

空邪の口元から不機嫌そうな唸り声が漏れた。

理由は二つ。食料集めを邪魔されたことと無機質な声が癇に障ったこと。

そして空邪の野生の勘は、この男が敵だと告げる。

空邪は、振り向くなり一気に声の主に向かって虎のように駆ける。

声の主は、黒いサングラスに黒いスーツに黒髪の黒ずくめの男。

空邪は、まったく躊躇せず一気にその喉元に噛みつきスファルトへと押し倒す。

さらに噛みついたまま男の顔あたりに向かってハンマーのように拳を振り下ろす。

無茶苦茶に何度も拳を振り下ろす。

男のサングラスが割れ、鼻骨が砕け、歯が折れる感触が拳に伝わってくる。

とどめとばかりに空邪は、男の喉の肉を噛み千切る。

立ち上がりぺっと噛み千切った肉を吐き出す。

湿った音をたてて噛み千切られた肉の塊がアスファルトに落ちた。

男が完全に息絶えていている。

空邪は、男の死体をそのまま放置し路地を出る。

空邪の住むスラム街では、死体が一つ落ちているくらいでは何の騒ぎにもならない。

むしろ一時間後には身包みを全て剥がれ使える臓器を取るため死体も無くなっているだろう。

スラム街とは、そういう街なのだ。

路地から出ると辺りから拍手が響いてきた。

空邪が不振そうに周りを見渡す。そして喉の奥から唸り声を上げた。

黒いサングラスに黒いスーツの男達が辺りを埋め尽くし拍手していた。

黒山の人だかりという表現がぴったりくる光景だった。

「おめでとう。まさか私がこうも簡単に負けるとは」

空邪の目の前にいる男が口を開き大仰な身振りで他の男達を指し示す。

「だが私は、まだこれだけいるのだよ」

続いて右隣にいた男が口を開いた。

「自己紹介が遅れてしまった。空邪君。私の名はクサナギ。こう言えば察しがつくと思う」

クサナギ。確かにその名は、義兄や義姉から聞かされていた。

空邪の義兄や義姉の何人かを殺した正体不明の工作員。

そのことを思い出し怒りが空邪の心を支配する。

唸り声が咆哮に変わる。

空邪は、猛然とクサナギの群れへと突進していった。

 モニタースクリーンに空邪とクサナギの戦う姿が写っていた。

空邪は、クサナギの喉を噛み千切り或いは、目に指を突っ込みアスファルトに叩きつける。

まさに人の形をした猛獣のように暴れていた。

モニターを見つめる男の口が歪む。

「素晴らしい・・・」

漏れたのはため息にも似た感嘆の声だ。

男は、懐から携帯用連絡端末ポケットロンを取り出すと番号を押した。

2コールの後、相手が出る。

「ああ、私だ。天津和代だ。征司君。

今、クサナギが相手にしている22本の牙を私にくれないか? 

是非、この手であの野生にさらに磨きをかけてみたいのだ。

ああ、そうだ。生かしたままここまで連れてきて欲しい。

腕や足の一本くらいなら欠けても構わないよ。

それぐらいこっちでもっといいものに付け替えるさ。それでは、よろしく頼むよ」

ポケットロンを切り懐にしまい天津和代は、再びモニターに見入る。

その目には、狂気に満ちた喜びの輝きが宿っていた。

オーサカM○●Nにある企業、BIOSの社長、天津和代。

彼の喜びは、人の遺伝子を組み替え究極の生命体を作り出すことである。

空邪は、まさにその目的にぴったりの研究材料となりえる。

科学万能のこのニューロエイジにあって失われたと言っても過言ではない野生を持っている。

天津 和代にとってはダイヤモンドを見つけたに等しい。

天津 和代の脳裏には今から空邪の体をどういじるか、そのことばかりを考えていた。



 がばっと空邪が跳ね起きた。体中が汗でべっとりだ。

そのおかげで体中べとついて気持ち悪い。クサナギに負けた夢のせいだ。

20人を越えたところから何人倒したかは、覚えていない。

クサナギのことを思い出し自然と唸り声が漏れた。

クサナギに捕まり天津和代に体をいじられた悔しさが空邪に唸り声を上げさせた。

天津 和代の手から逃れN◎VAに戻ってきたのもまだクサナギがN◎VAにいると聞いたからだ。

まずは、クサナギの首を噛み千切りその次は、天津 和代の首を噛み千切る。

それが空邪がN◎VAへと戻ってきた理由だ。

だが未だにクサナギの姿を捉えることはできない。

ぴたりと空邪が唸り声を上げるのを止めた。

代わりにひくひくと鼻を動かす。

鋭い嗅覚が肉の焼けるいい匂いを嗅ぎつけた。

空邪の腹が大きな声で鳴いた。

昨日、あれだけ動いたのだ。腹が減って当然だ。

肉の焼けるいい匂いは、クサナギのことをとりあえず忘れさせた。

空邪は、きょろきょろと辺りを見回す。

「ここ、どこだ?」

ようやく空邪は、自分がまったく見知らぬ部屋にいることに気がついた。

空邪が寝ていたのは、ソファの上で床には、毛布が落ちている。

恐らく空邪にかけられていたものであろう。

ソファの前には、ガラス製のテーブルがある。

そして部屋の片隅には、なぜかサンドバックが吊るしてある。

サンドバックの周りにはベンチプレスや鉄アレイなどのトレーニング機器も置いてある。

空邪は、くんくんと鼻を鳴らして匂いがどこから漂ってきているか探す。

匂いは、この部屋からではなく正面の扉の向こうから漂ってきているようだ。

匂いに引き寄せられるように空邪が扉へと向かう。

その時、ちょうど扉が開いた。空邪は、驚きでびくっと肩を上げた。

扉の影から巨漢がぬっと姿を現した。

「よう。坊主、起きたか」

フレッドは、気安げに空邪に声をかけた。

空邪が噛んだ喉の辺りには包帯が巻かれている。

フレッドの右肩から胴にかけても包帯が巻かれているのが服を着ていてもわかる。

空邪が右鎖骨を噛んだのと背中に爪を突きたてた傷のせいだろう。

「とりあえず腹、減ったろう。食うか?」

フレッドがどんと両手に持っていた二枚のステーキ皿とボールを置く。

皿の上には草鞋のような大きさのステーキが載っていた。

ボールの中には、山盛りの野菜サラダが入っていた。

それを見た空邪は、嬉しそうに目を輝かせ唾を飲み込む。

「食う!食う!」

もう我慢ならないと言うように元気よく答えた。

「よし。ちょっと待ってな」

フレッドはそういうと再び扉の向こうに戻ってきた。

そして今度は、両手に大ジョッキを持って戻ってきた。

中身は、空邪の見たこともない白い液体だ。

フレッドが大ジョッキの一つを空邪の目の前に置く。

「これ、なんだ?」

「プロテインのミルク割りだ。体にいいんだぜ」

「ふーん」

空邪が大ジョッキの中に指を突っ込みペロリとなめる。

味はミルクで割ってあるせいか甘くて美味しかった。

「じゃ、乾杯だ」

フレッドがジョッキを掲げる。

「乾杯?」

「戦った記念にだ」

空邪が上を向いて何かを思い出そうと考え込む。

頭を何度も打ちつけられたせいか記憶がおぼろげだ。

しばらくしてようやく記憶がはっきりしてきた。

「オレ、お前と戦った!」

「その通り。そして俺が勝った」

にやりとフレッドが笑う。

「違う、オレ、負けてない。ちょっと疲れたから寝ただけ」

空邪は、怒ったように言い返す。その様子から自分が負けたとはまったく思ってないようだ。

フレッドが面白そうに笑う。

「じゃ、引き分けだな。また今度、戦ろうぜ。とりあえずいい戦いに乾杯だ」

「それならいい」

空邪も大ジョッキを持つ。そしてフレッドのジョッキと合わせる。

ガラスとガラスが触れ合い澄んだ音が響いた。

フレッドは、大ジョッキの中身を一気に半分くらいまで飲み干した。

空邪は、一口飲むと早速、手づかみでステーキにかじりついていた

奪われないようにしっかりとステーキを持ちながらたまにボールに顔を突っ込むようにしてサラダを食べる。

フレッドも大きめにステーキをナイフで切り次々に自分の口へと運んでいく。

あっという間にステーキとサラダが無くなっていく。

食べ終わると空邪は、満足そうに腹を撫でた。

「坊主、お前、これからどうする?」

大ジョッキを片手にフレッドが尋ねた。中身は、プロテインからビールに変わっている。

「行く所がなきゃしばらく俺のところにいてもいいぜ」

フレッドは、浮浪児にしか見えない空邪を気遣っているのだろう。

昨日、あれだけの激戦を繰り広げた仲だ。

二人の間には友情のようなものが芽生えていた。

生死を賭けた戦いは、時に幾多の言葉を重ねるよりはるかに簡単に互いのことを理解しあう。

空邪が腕を組んで考える。

確かにしばらくここでフレッドの世話になるのも魅力的だ。

なにより食料に困らない。しばらく考えて空邪は、答えた。

「にーちゃんとねーちゃんに会いに行って来る」

空邪は、クサナギの夢を見た時から義兄と義姉のことが気になっていた。

天津和代の手から逃れて以来、義兄や義姉に会っていない。

クサナギを探すのに夢中で会いに行くのが後回しになっていたのをちょうど思い出したのだ。

「ほう。兄弟がいるのか」

フレッドが興味深そうに言った。

ちょっと想像してしてみるがこの野生児の兄弟というのは想像もできない。

「どんな奴だ?」

「にーちゃんは、大人しそうにみえるけど実は、おっかないんだ。

ねーちゃんは、すごく頭がいい」

空邪は、うれしそうに兄弟のことを話した。

「ほう?」

この野生児の兄弟とは思えぬ人物のようだ。

「じゃ、会いに行って来る」

空邪は、そう言うとソファから猫のようにぴょんと扉まで飛んだ。

「道、わかるか?」

心配そうにフレッドが空邪に声をかける。

「大丈夫。ねーちゃんなら仕事場に行けば会える。

にーちゃんは仕事でよくどっかに行ってるからわからないけど」

空邪ががちゃりと扉を開け玄関に向かう。

「仕事場か? いったい何処で働いてるんだ」

フレッドが大声で玄関にいる空邪に尋ねた。

「ブラックハウンド」

空邪は、そう言うと玄関から出て走っていってしまった。

「ブラックハウンドね。確かにそりゃわかりやすい。・・・ブラックハウンド?」

フレッドいぶかしげに空邪の言った言葉を繰り返した。

特務警察ブラックハウンド。

トーキョーN◎VAの治安を担う唯一の公的警察機関。

民間警察では手に負えないテロや重犯罪を担当する上級警察。

犯罪者という獲物を追いかける黄金の猟犬。

それがブラックハウンドだ。

間違っても空邪のような浮浪児が行く様な場所ではない。

そんなことは一切気にせず空邪は、ブラックハウンドへと向かっていた。



ブラックハウンドのオペレーターは、困っていた。

「ねーちゃん、いる?」

浮浪児にしか見えない少年が受付を覗き込むように尋ねてきたからだ。

どう応対すべきか判断に迷う。

ブラックハウンドで働く警官の給料から考えて浮浪児のような弟に持つ警察官にいるとは思えない。

だが万が一ということもあるし家族にしかわからない複雑な事情があるのかもしれない。

とりあえず彼のいう姉の名前を聞いてから対応しても遅くはないだろう。

オペレーターは、少年から姉の名前を尋ねた。

そしてオペレーターは、彼の口から出た姉の名前を聞いて再びどうすべきか悩むこととなった。

彼が言った名前は、ブラックハウンドでも上の地位にある人間の名前だった。

 ブラックハウンド軌道捜査課。

鉄の規律で縛られたブラックハウンドの中にあって唯一、独断専行を持って捜査を行う権限を持った課である。

重犯罪の初動捜査を担当し事件の解決率も高い。

この課を束ねるのが課長の千早 冴子である。

アイスハウンドのあだ名を持ち論理的な性格に驚異的な判断。推理力を持つ優秀な人物である。

人当たりも柔軟で部下達からの信頼も厚い。

冴子は、今日も手を止めることなく次々と仕事をこなしていた。

机の電話が鳴り冴子は仕事の手をとめ受話器を取った。

「軌道捜査課の千早警部です」

「ご苦労様です。こちら生活安全課の山下巡査です。」

受話器の向こうからやさしそうな女性の声が聞こえてきた。

「ご苦労様です。どういった用件ですか?」

冴子は、即座に何かの捜査協力かしら?と考えをめぐらし適合する事件があるか頭の中で探し始める。

「ええと、千早警部には弟さんはいらっしゃいますか?」

「どういうことでしょうか?」

冴子には何人も義理の兄弟、姉妹がいるがそのことを知っている人間は少ない。

この巡査は、いかなる理由で尋ねてきたのだろうか?

その理由を推理し始める。推理が終わる前に巡査がその答えを出してくれた。

「いえ、千早警部の弟と名乗る少年が来たそうで。

その・・・身なりが身なりでしたんでこちらで保護しています。」

冴子が再び考えをめぐらす。確かに義理の弟は何人かいるがみんな身なりはしっかりしている。

身なりがしっかりしていなかった義弟が一人いることにはいたが今は行方不明だ。

その一人は、もう生きてはいないだろうと判断している。

「その子の名は?」

「くうやと名乗ってますが・・・心当たりがおありで?」

冴子が僅かに眉を寄せる。その名前は、生きていないだろうと判断した義弟と同じだ。

「どういう漢字を書くかその子に聞いてもらえますか?」

偽者ならここで馬脚を現すだろう。

なぜならその義弟は、漢字を書くことはできない。

代わりに漢字で名前を尋ねられた時は仕草で自分の名前を示す。

その義弟の世話を焼いていた義姉の一人がそう教え込んだからだ。

これは家族の間でしか知られていない。

「尋ねてみたら天井と自分の歯を指してますがどういうことなんでしょう?」

間違いない。義弟の空邪だ。冴子はそう判断した。

天井を指しているのは空の字を、自分の歯を指しているのは邪の牙の部分を表している。

まさか生きていたとは。思わぬことに僅かに口が綻ぶ。

「お世話をかけました。その子は、私の弟です。

今からそちらに向かいますのでそれまでよろしくお願いします。」

「そうですか。わかりました。それでは失礼します」

冴子は受話器を置くと即座に部下を呼んだ。

そして残務の指示を出すと席を離れた。



冴子が生活安全課の扉を開けた。

冴子の姿に気がついた巡査が敬礼をする。冴子も敬礼を返す。

「ご苦労様です。それで空邪は、どこに?」

ご案内します、と巡査は、冴子の前を歩き取り調べ室へと案内した。

取調室の扉についている覗き窓から冴子はそっと中の様子を見る。

冴子の目には床に猫のように丸まりすやすやと眠っている空邪の姿が飛び込んでいた。

机の上には、ジュースが入っていたと思われる空のコップが置いてある。

ジュースを飲んでから待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。

冴子が扉を開き取調室に入った。

空邪は扉の開く音に反応して目を覚ました。

首を伸ばして音のした方向に目を向ける。

空邪は、冴子の姿に気がつくと机を飛び越え一直線に冴子の元にやってきた。

「ねーちゃん。ねーちゃん」

「空邪!」

久しぶりに見る義弟の姿は、最初に会った時とほとんど一緒だった。

ボロボロで汚れた衣服に野性味を帯びた風貌、そして日に焼けた褐色の肌。

口元から覗く鋭い犬歯もそのままだ。

昔と違う所は少し背が伸びたことくらいだろう。

だが猫背のためあまりそのことを感じさせない。

「ねーちゃん、ただいま」

「お帰り。空邪」

冴子は、優しく微笑んで空邪の帰りを喜んだ。

空邪もつられて笑う。少し照れくさそうな笑いだ。

「雅之義兄さんへもあなたが帰ったことを伝えないとね」

「にーちゃん、今どこにいる?」

「アーコロジーにいるわ。行きましょう」

冴子は、空邪を連れて生活安全課からでると駐車場に向かった。



 車の後部座席に空邪と冴子は並んで座っている。

空邪は、窓に張り付き外の風景を夢中で見ている。

冴子は、そんな空邪の様子を目を細めて見つめている。

夢中で外の風景を眺める空邪の姿は、昔と少しも変わっていなかった。

ふと冴子が空邪の首筋に目をやる。

そこには、IANUSの端子があった。

IANUSとは、人とウェブや電子機器を繋げるヒューマンインターフェイスのことだ。

また市民IDも記憶されておりN◎VAで唯一の公的な身分証となっている。

IANUSを埋め込んだ人間には、電子機器と繋げる端子が首の後ろにある。

空邪と最後に会った時にはIANUSの端子はなかった。

「空邪、IANUSを入れたの?」

「天津 和代の奴が勝手に入れた」

振り向きもせず空邪は、答えた。

冴子が眉をしかめる。

千早に敵対している天津 和代がわざわざ空邪にIANUSを入れた理由を推理する。

考えられるのは、まず監視。そして罠。

このまま空邪を千早アーコロージーに連れて行くわけにはいかない。

もし監視されていたとしたらこちらの情報が筒抜けになる。

まず空邪が監視されてないか確かめなければならない。

冴子は、そう判断しポケットロンを取り出しブラックハウンドのオペレーターを呼び出す。

そして自分のIANUSに防壁を展開させる。

防壁を確認し冴子は、IANUSのコードを伸ばし空邪の端子に接続しようとする。

端子が接続する直前、空邪がくるっと振り返る。

「ねーちゃん?」

空邪が不思議そうに端子を繋げようとしている冴子の手を見つめる。

IANUSの端子を見て空邪が唸り声を上げる。

「ねーちゃんも天津みたいなことするのか?」

「違うの。空邪、落ち着いて」

冴子が空邪をなだめようと空邪の肩に手をやる。

空邪は、反射的に冴子の手を払い威嚇するように唸る。

「痛っ」

冴子が払われた手を押さえる。

空邪の爪に当たったのだろうか押さえた手の間から赤い血が流れた。

「ねーちゃん・・・」

空邪が唸るのを辞めて心配そうに冴子の表情を見つめる。

冴子に手傷を負わせて気が咎めたのだ。

「大丈夫よ、空邪」

冴子は、安心させるように空邪の頭を撫でる。

「空邪、私が天津のようなことをすると思う?」

空邪が首を横に振る。

「ねーちゃんは、そんなことしない」

冴子は、空邪の頭を撫でてやりながら安心させるように微笑む。

「そうでしょ。だから落ち着いて。ちょっと確認したいことがあるだけだから」

「うん。わかった」

冴子が空邪に自分の膝を示す。

「じゃあ、ここに頭を乗せて目を閉じて」

空邪が言われるまま冴子の膝に自分の頭を乗せる。

冴子は、再び自分のIANUSからコードを伸ばし空邪のIANUSに接続した。

まず空邪のIANUSにウィルスが仕込まれていないか確認する。

見逃しがないように慎重に確認していく。

IANUSにウィルスは、見当たらない。

初期設定のままのIANUSだ。

次に埋め込まれたサイバーウェアを確認する。

脳内爆弾が仕込まれている可能性があるからだ。

空邪の体に入れられているサイバーウェアは、神経加速装置タイプD、耳小骨に通信端末リンクス、小脳に味覚変換装置 
味王、腎臓に血液を浄化し毒を排除するピュアブラッドが入れてある。

味王とピュアブラッドの組み合わせは、スラム街に住む空邪の生活を考えたものだろうか?

この二つがあればどんな食料―たとえ腐りかけの物でも―を食べたとしても空腹を満たし毒を排除することができる。
生存能力は格段に上がっている。

それ以外に危険なサイバーウェアは、確認できない。

脳内爆弾や監視用のサイバーウェアは入ってないようだ。

さらに空邪の身体の状態を確認する。

「これは・・・」

思わず冴子が声を上げた。

空邪の体組織や骨格の遺伝子に手を加えられている。

全身の皮膚は、衝撃を吸収しやすくなっておりまた再生能力も向上させてある。

骨格は、普通の骨から世界最硬の金属アダマンチウムに入れ替えられている。

歯もアダマンチウム製、両手の甲からはアダマンチウム製の爪が飛び出るようになっている。

空邪の体は、戦闘用に作り変えられているといっても過言ではない。

どうしてこんなことになったのかと冴子は、空邪の記憶を見る。

クサナギに捕まった悔しさ。天津和代に体を調整される嫌悪感。

そしてトーキョーN◎VAに戻ってこれた喜び。

記憶を見た冴子には空邪の感情が全て伝わってきた。

この子は、たとえ天津に捕まっても自分の帰るべき場所を忘れなかった。

そのことが冴子には、うれしかった。

最後に空邪のIANUSの設定をし直す。

漢字が読めない空邪のために漢字をひらがなに変換するように設定を直す。

そしてコードを外す。

「空邪。起きていいわよ」

空邪冴子のが膝から頭を起こす。

「ねーちゃん、どうだった?オレ、どこか変だったか?」

「いいえ、あなたは何も変わってない。私の義弟よ」

冴子の言葉に空邪は、うれしそうに笑った。



 千早重工社長室。来賓を迎えるための社長一人では広すぎるスペースが取られている。

室内の調度品は、落ち着いた雰囲気でまとめられている。

入り口の重々しい扉が叩かれ乾いた音が室内に響く。

「どうぞ」

千早重工社長、千早 雅之は、業務の手を一時止める。

扉が開くと同時に小柄な少年が雅之の前まで走ってきた。

「にーちゃん、ただいま」

「空邪。久しぶりですね。元気でしたか?」

空邪の姿を見せても雅之は何の感情も浮かべず落ち着いている。

空邪は、自慢するように胸を張り答えた。

「元気だ。にーちゃんは?」

「私もです。空邪、今までどこで何をしていたのです」

遅れてやってきた冴子が空邪の隣に並んだ。

「それは、私の方から話します。空邪、あなたは、お風呂に入ってきなさい。

新しい服も用意しておくから」

「うん。わかった。にーちゃん、またな」

空邪は、雅之に手を振ると部屋から出て行った。

空邪の足跡が遠ざかってからようやく冴子は口を開いた。

空邪を遠ざけたのはこの会話によって空邪の去就が決まるからだ。

「空邪は、クサナギに捕まって天津 和代の手によって遺伝子を組みかえられています。

ですが監視機器や脳内爆弾といったものは体内に入っていません。

空邪がそれらを入れられる前に逃げ出してきたようです」

「そうですか」

雅之が胸の前で手を組み椅子の背もたれに体重をかける。

「空邪を22本の牙に戻しますか?」

22本の牙は、千早グループを支えるために集められた次世代の人材のことだ。

だが実体は、敵対している天津家を始めとする日本の軌道勢力に対抗するための牙なのだ。

冴子の問いかけに雅之が首を横に振る。

「一度、折れた牙は戻りません。新しい牙が生えるのを待ちます」

「ですが空邪は、まだクサナギや天津 和代と戦うつもりです。

千早として助けるわけにいきませんか?」

あの義弟は、たとえ一人でも戦うつもりでいる。

空也の記憶を見た冴子にはそれがよくわかっていた。

「空邪は、虎の子です。そこを間違うつもりはありません。

千早が彼を見捨てればこちらに噛みつくかもしれません。

ですが千早という縄をつけておけば空邪は、立派に敵を狩ってくれるでしょう」

「では?」

「22本の牙として空邪を戻すことはできません。

ですが義兄弟の縁を切ることもないでしょう。

そうですね、員数外の牙・・・さしずめ“折れし牙”というべきでしょうか」

「折れし牙・・・」

雅之が出した言葉を冴子が繰り返す。

“折れし牙”その名は、空邪によく似合っているように思えた。

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