Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン1 血が騒ぐ夜に

血が騒ぐ夜だった。空邪は、スラム街をうろうろと歩く。

血が熱くいてもたってもいられない。そんな感じが体を支配している。

おかげで少しもじっとしていられない。

体を動かしていなければ落ち着かない。だけどそれだけでは物足りない。

おかげでずっとスラム街をうろうろしている。

日に焼けた褐色の肌、唇から覗く鋭い犬歯、野生的な印象を与える顔、
さらに素足のままアスファルトを歩く空邪の姿は、まるで獲物が見つからずいらついている獣のようだった。

空邪がふと足を止め真正面を見据える。

視線の先には人だかりと沸きあがる歓声、そして周囲を焦がすような熱狂に満ちていた。

吸い寄せられるように空邪も人だかりに近づいていった。

人だかりをかきわけて最前列までやってきた空邪の眼に飛び込んできたのは戦っている二人の男だった。

周囲の人だかりはこの戦いを見守るギャラリーだ。

拳が相手を打つ度にギャラリーから歓声と怒号が飛び交う。

ここは、バイパーズストリート。スラム街にあるストリートファイトのメッカだ。

昼は、みすぼらしい通りだが夜になるとどこからともなく腕に覚えがある者達が集ってくる。

そして戦いが始まる。

決まっているルールは、一対一であること。

それ以外のルールは、戦う者同士とギャラリーで決められる。

当然のように賭けも行われている。

 片方の男がアスファルトへと崩れ落ちた時、空邪の口からも自然と歓声が上がっていた。

血は、さらに熱くなり沸騰寸前だった。

胴元が次の相手を求める声を聞いた時、自然と足は前に出ていた。

「坊主、お前がやるのか?」

「やる。 やる」

胴元の心配そうな声も意に変えずことなく空邪は頷いた。

「死んでも知らねぇぞ? いいんだな?」

「いいから早くやろう」

もう待ちきれないとばかりに空邪が胴元を急かす。

「あー、誰かこの坊主の相手をしてやるって奴いねぇか?」

胴元は、投げやりに相手を求める。

「おう、俺がやってやるぜ」

観客の中からアロハシャツを着た男が前に出てきた。

どこにでもいるような軽薄そうな男だった。格闘技経験があるようには見えない。

街の喧嘩屋と言ったほうがぴったりくる風体だ。

口にはにやにや笑いが浮かんでいる。もう勝ったつもりでいるのかのようだ。

「短い付き合いだと思うがよろしくな、坊主。俺は、アレンってんだ」

「坊主じゃない、空邪だ」

気安げにそう言うととアレンは、空邪の対面に立つ。

「ルールはどうする?」

胴元が空邪とアレンに尋ねる。

「簡単なのがいい。あんまりいっぱいルールあると覚えれない」

「じゃ、何でもありだな。俺は構わんぜ」

「それでいいか?」

胴元が空邪に確認を取る。

「何でもありって何してもいいのか?」

空邪が胴元を見上げて尋ねた。

「そうだ」

胴元が頷く。

「じゃ、それでいい。何してもいいってわかりやすいな」

空邪が犬歯をむき出しにして無邪気に笑った。

これから戦う恐怖を微塵も感じさせない笑顔だった。

胴元が賭けを始める。賭け金は、圧倒的にアレンの方に集っている。

中にはアレンの勝利が決まっていると信じて空邪が何分持つかに賭けてる者もいる。

浮浪児にしか見えない空邪に賭けようという物好きはほとんどいない。

大穴狙いで空邪に賭けている者は何人かいるくらいだ。

賭けが終わり胴元が空邪とアレンの間に立ち手を上げる。

「ファイト!」

声と共に手を振り下ろす。

アレンが拳を上げファイティングスタイルを取る。

一方の空邪は、まるで獣のように両手をアスファルトにつけ前傾姿勢を取る。

まるで獲物に飛びかかる猫科の動物のような姿だ。

「はっ!びびってんのか?坊主?」

アレンが空邪を挑発するかのように笑う。

空邪の手と足が力強くアスファルトを蹴り一気にアレンの懐に飛び込む。

そして一直線にアレンの喉元に犬歯を突きたてる。

同時に自分の全体重をアレンの体にかけアスファルトに倒す。

犬歯で頚動脈を噛み切り口腔全体で気道を圧迫する。

アレンはおろか胴元、観客も何が起こったのかわからず静まり返っている。

あまりの事態に一同あっけにとられている。

搾り出すような悲鳴とともにアレンが何度もアスファルトを叩く。

アレンの顔にはありありと恐怖が浮かんでいる。

股間付近のアスファルトが濡れていく。

「ストップ! ストップだ!」

ようやく我を取り戻した胴元が止めに入る。

空邪の体を叩き勝負が終わったことを知らせる。

空邪は、何度か体を叩かれてようやくアレンの喉から離れた。

犬歯は血で真っ赤に染まっていた。

空邪は、舌でぺろりと口の付近をなめる。

アレンは、担がれるように闇医者へと運ばれていった。

観客からは怒号とブーイングが起こる。

空邪は不思議そうに周りを見渡した。

胴元が恐る恐る空邪に近づいてきた。

「何でもありって言ったがまさか噛みつくとは思わなかったぜ」

「何でもありって何してもいいんだろ? だから噛みついた。これ一番強い」

空邪がさも当然といった顔で答えた。

「そういう問題じゃないんだよ。このままじゃ収まりがつかねぇぜ、こりゃ」

胴元が大げさなジェスチャーで観客を示す。

ブーイングに混じって金返せと言った声も聞こえる。空邪は、平然としている。

「こっちにルールの不手際があったのも事実だ。

そこんとこをはっきりさせてもう一回戦う気があるか?

そうでもしないと観客が収まらん」

「もう一回やっていいのか? やる。やる」

うれしそうに空邪は答えた。アレンとの戦いは、物足りなかった。

血は、静まるどころか逆により熱くなってしまった。

もう一度戦わないと収まりがつかないだろう。

 観客に混じっていくつもの鋭い眼が空邪を見つめる。

「噛みつくとはな、面白い奴だ」

「まるで獣ですね」

「いいねぇ、獣。人間相手は、やり飽きてたところだ」

「次の相手探してるぜ、誰が行くよ?」

血が騒ぐ夜はまだ終わらない。



 胴元の対戦相手を求める声に答えるように観客を掻き分けて一人の巨漢が前に出てきた。

巨漢の姿を見た観客がざわめく。

「キングコングだ・・・・」

「キングコングがでてきたぞ!」

「キングコングが戦うのか?」

“キングコング”フレッド・バーグ。バイパーズストリートで戦っている有名なファイターの一人だ。

キングコングのあだ名の通りその両腕は大木のように太い。

フレッドの身長は、2メートル近い。

170センチにみたない身長でしかも姿勢が猫背である空邪から見ればフレッドの顔は、はるかに遠く高い所にある。

フレッドが革ジャンを脱ぎ捨て雄たけびをあげTシャツを破り捨てた。

その下から現れた肉体は、ギリシャ彫刻のように見事に鍛え上げられている。

ウェーブのかかった長い髪に髭に覆われた口元は、確かにゴリラに似ている。

「俺がやってやるぜ。キングコングvs野生児の戦いだ!」

フレッドが声高らかに宣言する。その言葉に観客達が歓声を上げる。

フレッドが歓声に片手を上げ答える。

そしてフレッドが片膝をつき空邪と視線を合わせる。

そして優しい声で話しかけた。

「坊や、怖いなら逃げてもいいぜ」

空邪は、じっとフレッドの顔を見つめる。

そして何かに気がついたのか嬉しそうにフレッドの顔を指差す。

「お前、テレビで見たことある。プロレスラーだ!」

「今頃、気がついたのかい? 坊や」

フレッドが面白そうに微笑んだ。空邪が何度も頷く。

「で、戦うかい?坊や」

「やる、やる」

「いい子だ。ルールは何でもありでいいな。もちろん、噛みつきもありだ。

武器も使っていい。ただし銃器類はなし。こんなところか」

空邪が困った顔を見せる。

「そんなにいっぱい覚えられない」

「坊や、お前のできることは何してもいいってことだ」

フレッドが安心させるように空邪の頭をぽんぽんと叩く。

「うん、わかった」

「そういうことだ。胴元。とっとと賭けを始めてくれ」

フレッドは立ち上がると空邪から離れる。

胴元が早速、賭けを始める。観客達が一斉に胴元の元に集る。

次々と金が賭けられていく。

賭けは、フレッドの方が優勢だが空邪に賭ける者も先ほどに比べると多くなっている。

アレンを秒殺した空邪がまた何かやってくれるのではないかという期待があるのだろう。

賭けが終わり胴元が空邪とフレッドの間に立ち手を上げる。

「ファイト!」

声と共に手を振り下ろす。

その声と同時に空邪は、前傾姿勢から手と足でアスファルトを駆ける。

犬歯を剥き出しにしフレッドの喉めがけ跳躍する。

「落ち着きがねぇな。坊や」

フレッドの大きな手が空中で空邪の顔を捕らえるとアスファルトに空邪を押し付ける。

フレッドの手が万力のように空邪の顔を締め上げる。

顔の骨を砕かんばかりのすさまじい締め上げだ。

プロレス技の一つ、アイアンクローだ。

フレッドの太い親指が空邪のこめかみにめり込む。

フレッドの大木のような腕に太い血管が浮き上がる。

それでも空邪の顔には苦痛の表情は浮かんでない。

それどころか苦痛を感じてないような涼しい顔だ。

締め上げるフレッドの手にも普通ではない手ごたえが伝わってきた。

「坊や、なんて硬え骨してやがんだ。顔にベーシックフレームでもいれてやがんのか?」

ベーシックフレームは、腕や足の骨の代わりとなる強化プラスチック製の人口骨だ。

強度は、普通の人間の骨を数段上回る。

だが頭蓋骨を交換する場合は、全身義体すなわちフルボーグ化する場合のみだ。

空邪の体は、全身義体ではない。

「特別製だ。こんなこともできる」

そう言うと空邪の手の甲からナイフのような鋭い四本の爪が飛び出した。

そして顔を締め上げているフレッドの手首めがけて爪を振るう。

「うおっ!」

慌ててフレッドが空邪の顔から手を離し飛びのく。空邪の爪が空を切る。

フレッドが離れたのを確認すると空邪は、仰向けの状態から起き上がる。

そしてアスファルトに手をつけ前傾姿勢を取る。

「そういう危ないもん持ってるとはな」

「何でもありだからいいんだろ? これ?」

空也は、フレッドに見せつけるように左手をあげ爪を指差す。

「もちろんOKだ。だがそうくるならこっちも考えがあるぜ」

フレッドは、観客を掻き分け道路の脇に向かう。

空邪は、何が起こるのか興味津々といった感じでフレッドの姿を眼で追う。

フレッドは、止まれと書かれた道路標識の傍らに立つ。

道路標識を掴むと下の方を思いっきり蹴る。

金属の鋭い音と共に道路標識を支えるパイプがひしゃげる。

そして何度か揺さぶり道路標識をもぎ取りフレッドが空邪の前に帰ってきた。

道路標識を肩に担ぐフレッドの姿は、まさにキングコングそのものだ。

「さぁ、これで条件は対等だ。存分にきな! 坊や!」

フレッドが野球の打者のように道路標識を構える。

空邪が犬歯をむき出しにして無邪気に笑うとアスファルトを蹴りフレッドに向かっていった。

フレッドが道路標識を振るう。重い道路標識がまるで枯れ枝のように軽々と振るう。

空邪の視界の横から道路標識が迫る。

空邪は、両手をアスファルトにこすりつけ急停止。即座に両腕の力で後ろに飛ぶ。

目前を道路標識が耳をつく風きり音と共に通りすぎていく。

続けざまにフレッドは、道路標識を振り上げ空邪の頭めがけ振り下ろす。

空邪は、左腕と左足でアスファルトを蹴り横へ飛ぶ。

空邪のいた地点に道路標識が叩きつけられる。

何かが破裂したような音が響き止まれと書かれた逆三角形の標識がひしゃげる。

休む間もなくフレッドは、道路標識を振り回す。

その様は、電車を片手に暴れまわる文明社会に迷い込んだキングコングを彷彿とさせる。

空邪は、両手、両足を使い巧みに動き回り道路標識が作り出す暴風圏内から逃げ続ける。

再び振り下ろされた道路標識を空邪は、間一髪後方に飛びのき避ける。

飛びのいた先で背に壁のようなものがぶつかった。

空邪が振り向くとそこには電信柱が立っていた。

電信柱を見た空邪の野生の勘がこの状況の打開策を告げる。

空邪は、電信柱を猿のようにするすると登っていく。

そして電信柱からフレッドの頭めがけて飛びかかった。

「甘いぜ。坊や!」

フレッドは、振り下ろした道路標識を持ち上げ野球の打者のように構える。

空邪の胸めがけメジャーリーガーのような豪快なスイングで道路標識を叩き込む。

金属と金属がぶつかる鈍い音が響き空邪は、ボールのように弾き飛ばされた。

空邪を打った道路標識は、ぽっきりと真ん中から折れてしまった。

飛ばされた空邪は、閉店している商店のシャッターにライナーで激突。

シャッターに大きくめりこんだ。

すぐにシャッターから自分の体を外すと元気にフレッドに向かって駆ける。

猫科の動物のようなしなやかな走りだ。

空邪の走りは両腕と両足を使っているがまったく不自然さを感じさせない。

まるで生まれた時からこうだったというような自然な動きだ。

「くっ、元気な坊やだぜ」

対するフレッドの顔と体には、玉のような汗が浮き上がっていた。

冷えた空気と熱い体がふれあい湯気が上がっているかのように見える。

フレッドは、向かってくる空邪に対して大きく両手を広げ構える。

そして威嚇するように雄たけびを上げる。その声に空気がびりびりと震えた。

観客達が耳を抑える。

空邪は、フレッドの3メートル手前で立ち止まった。

野生の勘がそうさせたのだ。

アスファルトに両手、両足を広げ張り付いたような体勢でフレッドを見上げる。

フレッドの姿が最初に見た時より大きく見える。

まるで聳え立つ山脈のようだ。

「坊や、なかなかやるじゃねぇか」

感心した声でフレッドが言った。

「オレ、まだまだ元気。もっとやれるぞ」

空邪が自慢ありげにふんと鼻を鳴らす。

「いい子だ。坊や」

「空邪、いい子?」

空邪が自分を指差し傾げた。無邪気に尋ねるその表情はどことなく憎めない愛嬌があった。

フレッドが微笑む。

「ああ、いい子だ。坊や。もっと楽しもうぜ」

「うん」

空邪はうれしそうに頷く。

そしてこれまでのように一直線に突っ込まずじりじりとフレッドの周りを回り始めた。

フレッドも空邪に合わせて動く。

空邪は、フレッドの周りで円を描くように動きつつじりじりと円の半径を縮めていく。

自分の最高速度に達した時にフレッドの喉下に飛びつける距離までじりじりと縮めていく。

フレッドもその瞬間を捉えるべく空邪の一挙一動に注意を払う。

あと半歩、距離を縮めれば自分の距離になると空邪の野生の勘が告げる。

じりじりと半歩の距離を詰めると意を決して空邪が動く。

ゆっくりした今までの動きから一転して勢いよく右に飛ぶようなそぶりを見せる。

フレッドの体勢がその動きに対応するためわずかに右に傾く。

その隙を見逃さず空邪が一直線にフレッドの喉下に飛び込む。

狙いは、ただ一点、フレッドの喉。開いた口から鋭い犬歯が光る。

重心が右に傾いた分だけフレッドの対応が遅れた。

空邪に難なく懐に入りこまれた。

空邪の牙がフレッドの喉下に迫る。

フレッドの左腕が空邪を払いのけにいく。

だがわずかに間に合わず空邪の軌道を喉元から逸らしただけだった。

左腕が当たったことによって空邪は、喉ではなくフレッドの右の鎖骨に噛みついた。

それでも構わず空邪は、鎖骨を噛み砕いていく。

骨が少しずつ砕ける音が静まり返った通りに不気味に響く。

「ぬおおおお!」

フレッドが空邪を掴み引き剥がそうとする。

空邪は、肩にがっちりと噛みついたまま離れようとしない。

さらに両手の爪をフレッドの背中に突きたて引きがされないようにする。

フレッドの肩が血で赤く染まる。

出血と痛みからフレッドが崩れ落ちるように片膝をつく。

「おい・・・あのキングコングが・・・」

「キングコングが・・・負ける・・・・」

「まさか、あんなガキに・・・」

観客達の間にもどよめきが走る。

“キングコング”フレッド・バークに片膝をつかせた者などこれまでいなかった。

それがボクシングの元世界ランカーであっても柔術の達人であっても剣術の師範であってもだ。

“キングコング”の異名の通りその全てを圧倒的な力で葬りさってきた

その“キングコング”がいきなり現れた野生児に片膝をつかされた。

これは、バイパーズストリート始まって以来の前代未聞の事態なのだ。

「坊や。やるじゃねぇか」

荒い息の間からフレッドが空邪に語りかける。

肩に噛みついている空邪は、答えようがないが眼だけフレッドの顔に向けた。

「坊や、プロレスラーだけが持っている他の格闘技にない能力って知ってるか?」

空邪がわからないと言う様に眼をぱちくりさせる。

「わからないなら教えてやろう。その体に」

そう言うと“キングコング”フレッド・バーグは、その足で立ち上がった。

その異名の如く雄雄しく力強く。

 立ち上がったフレッドは、力強く走り始める。

「どけぇぇぇぇ!」

フレッドの声に観客達は、慌てて道を開けた。

その先には、先ほど空邪が登った電信柱がある。

フレッドは、空邪の噛みついている右肩で電信柱に向かってショルダータックル。

ショルダータックルの衝撃で電線が風に吹かれたように大きく揺れた。

空邪の頭は、フレッドの右肩と電信柱に挟まれ衝撃が脳に響いた。

硬い頭蓋骨に守られていても脳に伝わる衝撃を全て吸収するわけではない。

それでも空邪は、フレッドの右肩に犬歯を食い込ませている。

フレッドは、何度も電信柱にショルダータックルを敢行し空邪の頭を打ち付けていく。

空邪の頭が電信柱にぶつかり鈍い音が何度も響く。

それでもまだ空邪が右肩に食いついているのを見たフレッドは、大きく後方に距離を取り電信柱に向かって走りだす。

そして右肩が砕けんばかりに電信柱にショルダータックルを敢行した。

空邪の頭は、フレッドの右肩と電信柱に挟まれた。

ハンマーで鉄の杭を打ち込んだような音が辺りに響いた。

衝撃で空邪の歯が深くフレッドの肩に食い込む。

だが衝撃で空邪は、フレッドの右肩から口を離しアスファルトへとずるずると落ちていった。

空邪がアスファルトの上で力なく横たわる。

眠気を振りはらうかのように頭を振りなんとか立ち上がろうとするが足元が定まらない。

自分が今立っているのか座っているのかも定かではない。

視界もぐにゃぐにゃと歪んでいる。あまりにも奇妙な風景なのだ。

目の前に歪んだ大きな壁が立ちはだかった。恐らくフレッドだ。

反射的に爪を振るうが何の手ごたえも伝わってこない。

フレッドが動いた。足を掴まれ振り回される。ぐるぐると風景が高速で回転する。

相手の両足を掴んで回すプロレス技のジャイアントスイングだ。

十回以上回されただろうか?いきなり足を離され砲丸のように投げられた。

投げられた先にはコンクリートの壁があった。恐らく商店の駐車場の塀だろう。

それをわかっても空邪には、どうすることもできず勢いよくコンクリートの塀に激突した。

コンクリートに塀は、空邪の激突と同時に崩れ落ちる。

常人であれば全身の骨が砕けていてもおかしくないほどの衝撃だ。

にもかかわらず空邪の骨は、ここまでやってもまだひび一つ入っていない。

だがところどころ打ち身だらけで痛みが全身を覆っているような感じだ。

三半規管は、揺れて平衡感覚が乱されている。

胃は、吐き気を訴えている。足元は定まらない。

体中が痛いし苦しいし気持ち悪い。

それでも楽しい。痛いのも苦しいのも気持ち悪いのも全て上回るほどに。

そしてまだ熱い血の感覚は、はっきりとわかる。

血の熱さは、冷めるどころか空邪を戦いへと駆り立てるようにさらに熱さを増している。

空邪は、崩れたコンクリートを突き破るかのようにフレッドに向かって突進する。

目の前には、両手を大きく広げ空邪を待ち受けるフレッドの姿があった。

空邪が狼のようにフレッドに飛びかかる。

左右の爪を振り上げフレッドの顔に向かって振り下ろす。

フレッドは、空邪の両手首をその手で掴み目前でその爪を止める。

空邪は、すかさず顔を伸ばしその牙でフレッドの喉を狙いにいく。

だがいつまでたってもフレッドの喉には、届かない。

それどころかフレッドの喉は急激に遠のいていく。

フレッドの体が橋のようなアーチを描く。

「!?」

何が起こったのかわからないまま空邪の視界の天地が逆になる。

恐ろしいほどの速さで下降していく。

両手を掴み後方に投げる受身不能のデンジャラススープレックス。

空邪の頭が無防備にアスファルトに激突する。

投げられた後の空邪の姿を見れば激突するより刺さったといった方が適切かもしれない。

一瞬、頭頂部から真っ直ぐ塔のように立った後、空邪は、ゆっくりと崩れ落ちていった。

空邪の姿に観客も息を飲む。

「わかったかい?坊や」

うつ伏せになり動かない空邪に向かってフレッドが片膝をついた体勢で語りかける。

「プロレスラーと他の格闘家の違いはここだ」

フレッドが人差し指で自分の頭を指差す。

「リングの中でしか戦わない他の格闘家と違いプロレスラーは、リングの中にあるロープ、コーナーポスト

そして花道、場外にある鉄柵、客席にある椅子を利用することが許されている。

プロレスラーは、周りに危ない物があればあるほど危険な相手になる。

わかるかい? ストリートは、プロレスラーにとっちゃ天国のような場所なのさ。

アスファルト、電信柱、標識、公衆DAK、シャッター、利用できる危ない物だらけだからな。」

フレッドの言葉に答えるように空邪がぴくりと動く。

「まだ戦る気かい?坊や」

フレッドの声に反応したのか空邪が手を伸ばす。

フレッドがどこにいるか探すように手を伸ばす。

その様子を見たフレッドが意を決したかのように立ち上がる。

「いい子だ。坊や。最高の技で葬ってやる」

フレッドが空邪に背を向け走る。観客を掻き分け電信柱に向かう。

フレッドは、電信柱を登り続け近くに建っている三階建てのビルの屋上に飛び移った。

何をするのかと観客達がフレッドの行方を見守る。

フレッドは屋上めいっぱい使い助走を開始。

次の瞬間、観客達は息を飲んだ。

フレッドは、屋上の縁にある鉄柵を飛び越え大の字で落ちていく。

フレッドの落下地点にいるのは空邪だ。

前人未到の三階建てのビルからのフライングボディプレス。

激突の衝撃は、計り知れない。一歩間違えれば受けた空邪は元よりフレッドすら死にかねない。

その光景を見た観客達が悲鳴や歓声を上げる。

空邪は、未だに立ち上がることもできずうつ伏せのままアスファルトでもがいている。

大の字のまま落下したフレッドがアスファルトにいる空邪に激突する。

激突の直後、下にマットでも引いてあったかのように二人は大きく弾んだ。

観客達は、水を打ったように静まる。

フレッドが激突した激痛で朦朧としていた空邪の意識が覚醒した。

狩猟本能に従い上にのしかかっているフレッドの喉に犬歯を突きたてる。

ついに空邪の牙がフレッドの喉を捕らえた。

空邪は、一気にフレッドの喉を噛み砕きにいく。

フレッドの口から苦痛の呻きが漏れる。

ギリギリと空邪の犬歯がフレッドの喉に食い込んでいく。

フレッドがゆっくりと空邪の体を抱え起き上がる。

そして再び電信柱を登り三階建てのビルの屋上にたどり着く。

だがさっきと違い屋上の縁に留まる。フレッドの息は荒い。

空邪が喉に噛みつき呼吸を阻害したまま三階建てのビルの屋上まで登るという無茶をやったせいだ。
“キングコング”と呼ばれる巨漢も限界が近い。

空邪も本能的にフレッドの限界が近いことを知っていた。

残る体力の全てを用いてフレッドの喉に自らの牙を突き立て続ける。

フレッドが空邪を抱え込んだ両腕に力を込める。

「うおおおおおっ!」

その腕に全ての力を込めフレッドが自分の喉から空邪を引き離しにかかる。

空邪も喉元を噛み締め抵抗する。

紙を破るような音とともに空邪がフレッドの喉から引き剥がされる。

同時にフレッドの喉から噴水のように血が溢れ出た。

だがフレッドは、止まらない。

そのまま空邪の体を自らの頭の上ま抱え上げ屋上より飛び降りる。

そして空邪の頭をハンマーのように振り下ろす。

三階建てビルからの高さと落下速度が加わったパワーボム。

空邪は、必死でフレッドの両腕から逃れようともがく。

だが空邪を掴んでいる両腕は、万力如く空邪を離さない。

三階、二階とフレッドと空邪は、落下していく。

ついに空邪がアスファルトに叩きつけられる。

爆弾が爆発したかのような音が辺りを響いた。

空邪の視界が真っ暗になる。

フレッドが空邪を離す。

空邪はアスファルトへと倒れたまま動かない。

真っ暗な闇の中、空邪は、血の熱さが冷めていくのを感じた。

それとのしかかるような眠気が襲ってきた。

眠気に抗うことなく空邪は、眠り始めた。

フレッドは、動かない空邪を見ると勝利を確信したように雄たけびと共に片手を上げた。

観客から雨のような拍手とフレッドと空邪を称える歓声が降り注いだ。

空邪の寝顔には、その歓声が聞こえているかのように無邪気な笑みが浮かんでいた。

シーン2 折れし牙に進む

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