Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン1 剣〜スパーダ〜

「ただいま」

無感情な声でアンジェリカが扉を開ける。

扉には、準備中とかかれた札がかかっている。

声と同じく顔にも感情は、見えない。

切れ長な瞳が印象的だが年頃の少女にしては、表情は静かで人形のように見える。

白と黒を基調にしたウェイトレスの制服が彼女をより人形のように見せていた。

両手には大事そうに紙袋を下げている。

「おかえり」

アンジェリカと対照的な明るい声でクリスティアンがアンジェリカを出迎える。

白と黒を基調にしたウェイターの制服が元気よさそうな少年に良く似合っている。

「アンジェ。おかえりなさい。頼んでおいたものは受け取ってきてくれましたか?」

初老の落ち着いた雰囲気の男が奥にある支配人室から出てくる。

アンジェとクリスティアンと同じく白と黒のウェイターの制服に身を包んでいる。

その温かく落ち着いた姿は、年を経た大木のように頼れる印象を与える。

この男は、レストラン・カンピオーネの支配人、アントニオ・マルディーニ。

常連客の間では、トトの愛称で親しまれている男である。

ある事件でトトは、アンジェリカとクリスティアンの義父となった。

それ以来、このレストランは、三人の仕事場であり家庭でもある。

アンジェリカがトトに近づき大事そうに持っていた紙袋を渡す。

トトが紙袋を受け取りカウンターの上にそっと置く。

クリスィアンが横で何が出てくるのかと期待の目で紙袋を見つめている。

中から今では珍しい木箱が出てくる。

木箱の中には、割れないように包装され重ねられた陶磁器の皿が出てきた。

「確かにこれです。ご苦労でしたね。アンジェ」

トトがアンジェリカの頭を撫でる。

アンジェリカは、表情を変えることなく紙袋に手を入れ中から封筒を取り出す。

「これ」

アンジェリカが封筒をトトに差し出す。

トトがアンジェリカの頭を撫でていた手で封筒を受け取る。

封筒を裏返し封筒の入り口を見る。そこには、厳重に蝋封が為されていた。

蝋封の形を見てトトが驚いたように目を見開く。

蝋封を見つめる目には、死神を見つめるような恐れがある。

「アンジェ。これを誰から預かりました?」

「きれいな女性から。スクデットに渡せって。渡せば分かるって」

「トト。それ何?」

クリスティアンの興味の対象を陶磁器の皿から封筒に移したようだ。

興味津々の目でトトの手の中にある封筒を見つめている。

「クリス。知らなくてもいいことです。これは、私からスクデットに渡します。

アンジェ。いいですね?」

アンジェリカがトトの言葉に無言で頷く。

クリスティアンは、話をはぐらかされて不満顔だ。

トトが封筒を懐に入れると陶磁器の皿を持って奥に戻っていく。

「アンジェ。あの封筒、何が書いてあった?」

「何も。ただ剣の形の判子が押してあっただけ」

「それだけ?」

「それだけよ」

クリスティアンの問いに素っ気無く淡々とアンジェリカが答えていく。

「それよりも夜の開店の準備、始めましょう」

次にやるべき仕事を告げるとアンジェリカが身を翻し店内に向かう。

慌ててクリスティアンがアンジェリカの後について行った。



 日が暮れトーキョーN◎VAの街にも夜の帳が降りる。

カンピオーネにも仕事を終えた会社員やデート途中の恋人達で賑わい始める。

賑わいが一段楽した頃、カンピオーネの扉が開いた。

入ってきた男の顔は、彫りが深くミラーシェードをかけている。

首には、青いロングマフラーを巻きつけ両端を左右の肩の後方に流している。

男の体は、コートの上からでも鍛え上げられたものだとわかる。

白いコートの胸の部分には、右から縦に赤、白、緑の三色の色に分けられた小さな盾の

紋章が縫いつけてあった。男の名は、アズーリ。

イタリア語で名誉の盾を意味するスクデットのあだ名で呼ばれるボディガードである。

アズーリは、そのまま慣れた様子でカウンターに向かう。

カウンターの椅子に座ったアズーリの元にクリスティアンがメニューを持って行く。

礼儀正しく礼するとアズーリにメニューを手渡す。

アズーリがその様子を見て口の端を僅かに緩める。

瞳は、ミラーシェードに隠れていて窺うことはできない。

「だいぶらしくなったな。クリス」

メニューを開きながら男らしい低い声で淡々とアズーリが告げる。

クリスティアンがうれしそうに少年ぽく明るく笑う。

クリスティアンは、ある事件でアズーリに護衛を依頼し命を守ってもらったことがある。

アンジェリカも同じ事件でアズーリによって命を救われた。

クリスティアンとアンジェリカにとってアズーリは、ヒーローであり命の恩人だ。

アズーリがメニューを閉じてクリスに手渡す。

「ご注文は?」

クリスティアンが渡されたメニューを脇に挟みウェイターの顔に戻るとアズーリに尋ねた。

「クリス。メニューは、君に任せる。お手並み拝見だ」

アズーリが真っ直ぐクリスティアンを見つめ柔らかい口調で言った。

クリスティアンが緊張からか軽く身震いする。

「かしこまりました」

クリスティアンがアズーリに頭を下げキッチンに向かう。

入れ替わりに奥からトトがやってくる。

「スクデット」

トトが蝋封を見えるように封筒をアズーリに差し出す。

アズーリが無言で封筒を受け取る。

しばらく蝋封を眺めた後、封筒を開け手紙の文面に目を走らせる。

読み終わると手紙をトトに手渡す。トトも手紙の文面に目を走らせる。

読み終わるとため息をつく。

「どうするおつもりですか?スクデット」

アズーリは、問いに答えず唇を一文字に結んでいる。

しばらくしてようやく口を開く。

「俺がスクデットであるかぎり行かねばならないな」

「スクデット。危険です!」

トトが珍しく声を荒げる。

アズーリが手を上げトトを制する。

「わかっている。だからこそ行かねばならならない」

アズーリの声に迷いはない。そしてその声で言葉を続ける。

「トト。明日までに情報を集めておいてくれ。頼む」

トトがため息を一つつくと表情を支配人のものに戻す。

「かしこまりました。できるかぎりの情報を集めます」

カンピオーネには、レストランの他に裏の顔がある。

それは、信頼できるとトトが認めた人間にしか教えられない。

カンピオーネ。英語読みでチャンピオンの名の通り様々な分野の腕利きの人間を紹介してくれるのだ。
またカンピオーネ経由で腕利き達に仕事を依頼することもある。

トトは、仕事の斡旋の他に情報収集や装備の手配なども行いその仕事の正確さは、

カンピオーネから仕事を依頼される腕利き達からも信頼が厚い。

トトが一礼してレストランの奥にある支配人室に戻る。

各所に連絡を取り情報を集めるのだろう。

入れ替わりにアンジェリカがメニューを抱えやってくる。

無駄の無い正確な動作でアズーリに手渡す。アズーリがメニューを受け取る。

「元気だったか?」

メニューに目をやる前にアンジェリカに尋ねる。アンジェリカは、無言で頷く。

こちらの方は、助けてから目立った変化はない。

もともと感情を表に出すような子ではないのだろう。

「赤ワインを頼む」

アズーリは、メニューを閉じるとアンジェリカに手渡す。

メニューを受け取り一礼してアンジェリカが去っていく。アズーリが目で彼女の行方を追う。

アンジェリカは、レストランの奥にいたクリスティアンに何かを尋ねている。

恐らくアズーリがどんな物を頼んだか尋ねているのだろう。

アンジェリカは、大人しそうに見えても実は、完璧主義なところがあるとトトがアズーリに

言っていたことがある。あの様子を見る限り確かにそのようだ。

ちゃんとメニューに合った赤ワインを選んでくるつもりなのだろう。

アズーリが視線を戻し軽く口に笑みを浮かべる。

助けた者達の幸福そうな様子を見て心に満たされたものを感じたからだ。

ボディガードが依頼者のその後を知る機会は、多くない。

仕事が終われば同じ依頼者と会う機会は、稀だからだ。

依頼者がよりよい人生を送れると信じるからこそボディガードは、命を賭けその身を盾にして依頼者を守り抜くのだ。
このように間近に幸福そうな依頼人達の姿を見ることは自分のしてきたことが間違いでなかったと感じられる。

そしてこの思いを胸に抱きボディガードは、再び身を盾にする。

 

 食事が終わるとアズーリは、美味しかったよとクリスティアンに告げると会計を済まして

カンピオーネから足早に去っていった。アズーリにしては、珍しいことだ。

普段ならば食事が終わった後、カウンターで一人、グラスを傾けるのが習慣なのだ。

その姿にクリスティアンは、ただならぬ気配を感じた。

カンピオーネが閉店すると閉店後の掃除もそこそこに支配人室に向かった。

支配人室の前には既に人影があった。アンジェリカだ。

アンジェリカもアズーリの様子が普通と違うことに気がついたのだろう。

二人で顔を見合わせ頷くと支配人室の扉を叩いた。

トトが扉を開け二人の姿を見ると驚いた表情を見せる。

「二人ともどうしました? 早く休みなさい」

トトの言葉にアンジェリカが首を振る。

「アズーリの様子がいつもと違ったんだ。何があったの?」

アンジェリカの言葉を代弁するかのようにクリスティアンが不安そうに尋ねる。

「いいえ。明日、アズーリ当てに急な仕事が入っただけです。これでわかったでしょう?」

トトが二人を安心させるように優しい声で告げる。

クリスティアンが安心したように頷く。それならば習慣を控えたのも分かる。

アンジェリカは、トトの言葉にも納得いかなかったようだ。

切れ長の瞳に理性的な光を宿して静かに口を開く。

「トト。あの封筒は何? あの封筒を見てからスクデットもトトもどこか変だった」

見てないようでも何処からかしっかりとアズーリとトトの様子を見ていたのだろう。

身なりは、大人しい少女でもさすがは暗殺者の訓練を受けているだけのことはある。

トトがあきらめたようにため息をつく。

「話さないと納得しないようですね。」

トトの言葉に二人とも頷く。

「中に入りなさい。長い話になりますから」

そしてトトは、扉を開くと二人を支配人室の中に招き入れた。



 教皇領の真ん中に位置するローマから北に向かう。目的地は、ミラノ。

教皇領の中でも五本の指に入る大都市だ。

アズーリは、ここである目的を果たすためわざわざローマから遠く離れたミラノまでやって来た。
師匠であるスクデットの案内で目的地を目指す。

スクデットは、無言で歩を進める。その顔は、いつもよりも厳しい。

目には、戦いに挑む前のような厳しく冷たい光が宿っている。

それは、全て見抜くといわれる鷹の目に似ていた。

一目で鍛え上げたと分かる体を黒いコートで身を包んでいる。

黒いコートの胸の部分には、右から縦に赤、白、緑の三色の色に分けられた小さな盾の紋章が縫いつけてあった。
コーザノストラの評議会より名誉のために自由に行動してよいという言葉と共に与えられた紋章である。

この紋章は、尊敬と共にローマの人々からこう呼ばれる。スクデットと。

アズーリも無言でスクデットの後ろについて行く。

アズーリの顔は、彫りが深く晴れた空のような青い瞳が印象的だ。

首には、瞳と同じ色のロングマフラーを巻きつけ両端を左右の肩の後方に流している。

白いコートに隠された体は、スクデットと同じく鍛え上げられたものだとわかる。

胸の部分には、スクデットと違い紋章はついてない。

スクデットがミラノ郊外の古びた洋館の門の前で歩を止める。

スクデットが門の横に設置してあるDAKに自分の名を告げ開門を願った。

軋んだ音と共に門が開く。スクデットとアズーリは、門を通り洋館まで歩を進める。

洋館の前まで進むとちょうど扉が開かれた。

洋館から出てきたのは、すらりとした長身の女性だ。

しなやかな長い黄金の髪をリボンで結びまとめている。

伏せ目がちな黒い瞳にすっきりとした鼻筋が見る者に物静かで儚げな印象を与える。

細身の体の胸元に髪をまとめている物と同じ赤いリボンを結び淡い紫のワンピースを着ている。女性が静かな声で言った。

「何の御用でしょうか?」

「私の名は、スクデット。スパーダに用がある。スパーダは、ご在宅か?」

スクデットの言葉に女性が頷く。

「はい。スクデット様ですね。ご用件は、聞いております。ご案内します」

女性がスクデットとアズーリを洋館の中に招き入れる。

そして洋館の一室に通される。

部屋の中には、椅子に座った初老の男が待っていた。

男の目には、何も映っていない。あえていうなら虚無が宿っている。

そしてその存在も希薄だ。そこに座っているのに何の気配も感じられない。

しいて言うならばまるで幽霊のようだ。男がアズーリを一瞥し視線をスクデットに向ける。

「久しぶりだな。スパーダ」

スクデットの言葉にスパーダが頷く。

スクデットがスパーダを見据えたままアズーリに告げる。

「アズーリ。私は、スパーダと積もる話がある。試練は、明日行う。

今日は、ここで泊めてもらえ」

「アーシェラ。客人を部屋に案内してやれ」

スパーダの言葉にアーシェラが頷き一礼すると部屋から出る。

アズーリもアーシェラに従い部屋から出る。

部屋には、スクデットとスパーダだけが残された。

部屋から出るとアーシェラがその風貌と同じく静かな声で尋ねてきた。

「申し遅れました。私、スパーダの娘のアーシェラ・ヴィエリと申します。あなたは?」

「アズーリ。呼びにくければアズでいい」

「ええ。それではアズと呼ばせてもらいます。

アズーリというのは人の名としては呼びにくいもので」

アズーリは、イタリア語で青を意味する言葉だ。

無論、本名ではない。本名を隠すための名前だ。

アズーリは、アーシェラの言葉に違和感を受けた。その違和感をアーシェラに尋ねた。

「アーシェラ。君は、スパーダの仕事のことを?」

スパーダもアズーリやスクデットと同じく本名を隠すための名だ。

その名を知っているということはアーシェラもスパーダの仕事を知っていることになる。

アーシェラが頷く。

「勿論、存じております。父の世話は私が一人で行っていますから」

「そうか。すまない。立ち入ったことを聞いた」

アズーリがすまなそうに目を伏せる。

アーシェラは、静かに微笑みアズーリを宿泊部屋に案内し洋館の間取りを一通り説明した。

部屋から出る間際にアーシェラが静かに微笑みアズーリの首にすっと手を伸ばす。

「マフラー、曲がっていますよ」

そう言うとマフラーを直していく。アーシェラの顔がアズーリの間近に近づく。

「ああ、ありがとう」

アズーリが動揺を隠しつつ抑えた声で礼を言った。

その様子を見てくすりとアーシェラが小さく笑う。

アズーリのマフラー直し終わるとアーシェラが一礼し部屋から出て行った。



 扉が閉まり部屋にはスクデットとスパーダだけが残された。

スクデットがスパ―ダの向かい側の椅子に腰掛ける。

二人の間に言葉はなく部屋の中は静寂に包まれた。

「あれがスクデットの後継者か?」

静かに落ち着いた声でスパーダがスクデットに尋ねる。スクデットが静かに頷く。

「いい目だ。強い意志を感じる」

「ああ。そして私と同じくファンタジスタだ」

「ほう」

スパーダが虚無を宿した目が僅かに動く。

ファンタジスタ。イタリア語で閃きを備える者を意味する言葉。

そしてそれは、見えざる運命を変える魔法を使う者の事でもある。

その力を持つ者は、あまりにも少なく普通の人間には、その存在すら知られることは無い。

「いいのだな。スクデット」

念を押すような強い口調でスパーダが問う。

「構わん」

スクデットが重々しく頷く。二人の会話は、それで終わった。

スパーダが立ち上がり部屋から出て行く。しばらくして再び部屋にスパーダが戻ってきた。

手には、一本の赤ワインと二つのワイングラスを持っていた。



 朝の光がアズーリの顔に当たる。アズーリがベッドから身を起こし着替えを始める。

着替えには二秒とかからない。素早く身を整えるのはボディガードの基本だ。

敵は、いつ襲撃してくるかわからない。

素早く戦闘態勢を整え敵を迎撃できなければボディガードとして失格だというのが

スクデットからの最初の教えだった。

その教えを忠実に守りアズーリは、着替え終わるといつ襲撃がきてもいいように精神を引き締める。扉が叩かれる。
アズーリがドアノブに手をかけ扉を開く。扉を開くと同時に銀光が閃く。

銀光は、斜めにアズーリの体をなぞっていく。そして一瞬遅れて赤い血飛沫が宙に舞う。

常人ならば即死は免れぬ一撃だった。

アズーリは、銀光が見えた瞬間、僅かに身を後方に下げた。

それが皮一枚の差でアズーリの命を救った。白いコートに赤い斜線が引かれる。

斜線は、徐々に白いコートを侵食し白地を赤く染めていく。

扉が完全に開き銀光の射手がその姿を表す。目を見開きアズーリがその姿を捉える。

「スパーダ!」

スパーダは、昨日と同じく目に虚無を宿したまま右手に長剣を下げている。

昨日とは、違い血のように黒く赤いコートを纏っている。

胸には、黒い柄に赤い刀身を持っている一振りの剣の紋章。

しかし人目を引く赤いコートを纏ってさえその存在はそこにいないかのように希薄だ。

スパーダ、イタリア語で剣を意味する言葉。

その名を知る者は、少なく知っている者でさえ畏怖の感情と共にその名を告げる。

コーザノストラの伝説の暗殺者にしてもっとも血塗られた赤を纏う男。

その魔の手から逃れるため評議会がもっとも名誉ある男に渡すと言われていた剣の紋章を授けたといわれる男。

スクデッドと共に名誉を汚した者に制裁の鉄槌を下した男。

依頼さえあればいかなる人物でさえその一本の剣で抹殺した伝説を持つ男。

スクデットがその襲撃から依頼者を守れなかった唯一の暗殺者。

そして自分の伝説をスクデットに破られ伝説の彼方に姿を消した男。

その男が幽鬼のような姿でアズーリの目の前にいる。

スパーダがゆっくりと口を開く。

「わしを倒すこと。スクデットですら成し遂げられなかった依頼だ。

だがこれがお主がスクデットの後継者になるための最終試練だ」

アズーリが頷き首に巻いていたマフラーを手に取る。

青い瞳に決意の光を宿す。

「いいだろう。あなたを倒しスクデットの紋章と名を引き継ぐ」

言葉とアズーリのマフラーが青い剣に変わっていく。

それに答えるように再び銀光が閃く。

なす術もなくアズーリがその身に銀光を受ける。

致命的な一撃だがアズーリは、まだその命を止めている。

今までアズーリが受けたどの攻撃とも違う異質な攻撃だった。

攻撃は、人を殺すという気配と意志がこめられ放たれる。

アズーリは、この殺気や意志を捉え攻撃から依頼人を守る。

だがスパーダが放つ一撃にはそれがない。殺気や意志は、まったくの皆無。

銀光の閃きのみがその一撃が放たれたことを教える。

例えるならば雷が落ちることをその光によって知ることに近い。

落雷を受けた者は、何が起こったのかわからずその身を焼かれ遠くにいた者は、

その光によって雷が落ちたことを知り自分が犠牲にならなかったことを幸運に思う。

アズーリの鍛え上げられた反射神経と視覚は何とか銀光を捉え間一髪のところでわずかに急所を外し致命傷を避けている。

だがそれも時間の問題だ。すでに受けた攻撃による出血により徐々に体の力は奪われ

反射神経の伝える命令についていかなくなる。

アズーリが更に銀光をその身に受ける。絶え間ない出血から意識が薄れ始める。



それはミラノに来る前にスクデットから言われた言葉。

「Io non mi fermo」

アズーリがその言葉の意味をスクデットに尋ねた。

「これこそスクデットを引き継ぐために必要な意志。

この意味がわからねばスクデットは、引き継げぬ」

スクデットが厳しく冷たい声で言った。

アズーリは、この言葉を心に刻み込んだ。



「Io non mi fermo」

アズーリが小さく呟く。

二秒も満たない時間の間、意識を失っていたようだ。

その間にもその身には、新たな銀光の爪跡が刻まれていた。

だがアズーリは、生きていた。

無意識に銀光からその身を守っていたのだろう。

「Io non mi fermo」

アズーリが再び呟き歩を進めスパーダに近づく。

銀光が閃く。恐れることなくアズーリが銀光の前に立ちはだかる。

アズーリが握った青い剣を動かし銀光を受ける。

その一撃は、重く鋭い。アズーリの腕がその重さと鋭さに屈したように崩れる。

そこへ更に一撃が加えられる。アズーリは、受けることができない。

だがその手に握られた青い剣は、違う。忠実に主人を守ろうと動く。

その身を斜めに横たえ銀光を地へと導く。銀光が地に落ちる。

二度続けて銀光を受け止められたことに警戒したスパーダが仕切り直す為に間合いを取る。

「Io non mi fermo!」

アズーリがスパーダを見据え力強く言葉を響かせる。

歩をまた一歩進める。そして青い剣がその声に従う。

その身を剣から槍へと変え主の歩みを補う。

そして矢のようにその身をスパーダへと放つ。青い槍がスパーダの右肩を射抜く。

渇いた音と共にスパーダが剣を地に落とす。その音が消えぬ内にスパーダが告げる。

「お主の勝ちだ」

Io non mi fermo。

私は、歩むことを止めない。それがこの言葉の意味だ。

アズーリが次に目を覚ました時、その身はベッドに横たえられていた。

傷は包帯が巻かれ全て手当てが施してある。

IANUSで日付を確認する。あの戦いから一日経っている。

扉が開く音がする。アズーリが顔だけを扉の方に向ける。

アーシェラだ。手には、水の入った洗面器とタオル、そして包帯を持っている。

アズーリがその身を起こす。

「君が看病してくれたのか。ありがとう」

アーシェラが軽く首を振るとアズーリの体に巻かれた包帯を解いていく。

アズーリの体を濡らしたタオルで拭くと手早く慣れた手つきで新しい包帯を巻いていく。

包帯を替え終わるとアーシェラは、部屋から出て行った。

しばらくしてスクデットが部屋に入ってくる。

アズーリが身を起こそうとするのをスクデットは、手で制する。

そしてベッドの傍らにあった椅子に座った。

「言葉の意味を覚ったようだな」

スクデットの言葉にアズーリが頷く。

「ならば今日からお前がスクデットだ」

言葉と共にアズーリの右手にスクデットが何かを握らせる。アズーリが右手を目の前で開く。

それは、右から縦に赤、白、緑の三色の色に分けられた小さな盾の紋章だった。

アズーリがスクデットの胸に目をやる。

黒いコートの胸の部分に昨日までそこにあった紋章は、今はない。

「後は、ローマに戻り評議会の承認を得るだけだ」

それだけ言うとスクデットは立ち上がり扉に向かう。

扉を開けアズーリに背を向けたままスクデットが告げた。

それは、初めて聞く優しく温かい声だった。

「私は、よい後継者を得た。お前は、スクデットの名と紋章に相応しい男だ」

そしてそのまま振り返ることなくスクデットは、部屋より立ち去った。

アズーリは、無言でその背に頭を下げた。 

シーン2 盾〜スクデット〜に進む

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