Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン1 後方処理課 課長室の人々

千早重工査察部といえばファッションから兵器まで様々な分野に進出しているトーキョーN◎VAの巨大企業、
千早グループの内部監査を担当する部署である。

その中でも後方処理課といえば裏の世界に知らぬ者がいないほど有名なセクションである。

後方処理課には、用心警護を担当する第一班、対外諜報を行う第二班がある。
そしてこの中でも裏の世界で有名なのが第三班である。

後方処理課の中でも何でもこなす第三班は、裏社会では精強で知られている。

かつて第三班班長の“死の右腕”の名は、裏社会の猛者達を振るえあがらせた。

現第三班班長である“美しき死神”ミューズも死の右腕に匹敵すると言われ裏社会の猛者達を恐れさせている。

 千早重工後方処理課課長室。後方処理課の各班を束ねる後方処理課課長、早川 美沙のオフィスである。
トロンのキーを叩く無機質な音の中に日向を思わせる明るく暖かい声が重なる。

「はい。そうです。発注数は、先ほど送ったデータの数でお願いします。

納入は、いつも通りの処理でお願いします。いつもお手数をかけて申し訳ありません。

はい。それでは、よろしくお願いします。それでは失礼します」

日向 ひよりは、受話器を置くとトロンに向かい発注のデータに処理済みと記入し上司である早川美佐のトロンに送る。

ひよりは、夏の人事で秘書課から後方処理課課長に課長補佐として異動してきた。

上司である早川 美沙は、かつて後方処理課第三班に所属し社長秘書を経て
このたびこの後方処理課課長として古巣に戻ってきた。

ひよりは、美沙が社長秘書として秘書課にいた頃に入社してきた。

秘書課に配属されて美沙に色々と世話を焼いてもらいそれ以来、美沙を尊敬している。

後方処理課に美沙が異動すると聞いてひよりは、美沙と離れ離れになる寂しさに肩を落とした。

だが今年の夏の人事で後方処理課に異動となり晴れて美沙と再び一緒に仕事ができることになり
今は、うれしさがいっぱいだった。

美沙は、人事によりデスクワーク中心の課長職についた。

課長職について以来、各班から送られてくる大量の案件の処理に忙殺される日々が続いた。

だが美沙は、元々、デスクワークより現場に出ることを好む人間でありデスクワークが続く毎日にストレスを貯めていった。

ついに現場に出られないストレスに耐えかねて人事部に補佐の人間をよこすように要求した。

そこで人事部は、美沙の秘書課時代の部下であるひよりを異動させたのだ。

気心のしれた人間が補佐についた方がいいだろうという人事部の配慮だったのだが美沙にしてみれば
ありがた迷惑といったところであった。

非合法活動に向いているとはいえないひよりを一から教育する手間も増えしばらくは、業務が更に忙しくなった。

美沙の悩みを増やしたひよりも現在では、教育の成果がありなんとか課長補佐としての仕事をこなしつつある。

美沙がひよりを教育してみて気がついたことだがひよりは、意外なことに視野が広く状況判断に優れ
他人への指示が的確に出せる人間ということがわかった。

リーダーの素質があるというよりは相手の力を引き出すことに長けていると言った方が適切だろう。
その証拠に彼女は、一人で任務につかせると右往左往して結局、最後は美沙に頼ってくるが誰かとコンビを組ませて
任務につかせると期待以上の成果を出す。

最初は、後方処理課各班の同僚達もひよりを単なる書類仕事をするだけの人間だと思っていた。
だが状況判断の正確さや適格な指示を受けて彼女のことを少しずつ信頼していった。

今では、彼女のことを“ボランチ”舵取りと呼ぶようになっていた。

もっと仲がいい同僚だとカチューシャで髪を押さえて露になっているひよりの広い額を見て“でこ”とか“おでこちゃん”など
と親しげに呼んでいる。

ひよりも別に嫌なそぶりもみせずうれしそうに呼ばれるたびに「はい!何でしょう?」と明るく答えている。

傍から見ていると他人からかまってもらうのがうれしくて仕方ないという様子である。

「でも課長。第三班は、戦争でもするつもりなんですかねぇ? 
ロケットランチャーにアサルトライフルにグレネードランチャー、それにプラスチック爆弾の補充要請なんて」

ひよりは、卵を思わせる丸い顔に疑問を浮かべ課長である美沙の方を向き何気ない口調で尋ねる。
美沙は、トロンのディスプレイから目を離さず答えた。

「それが千早の利益になるならね。問題は・・・」

ため息とともに悲しそうな声で美沙が呟いた。

「また始末書の山ができそうなことね。

こっちの苦労を知らないで好き勝手やってくれるから」

「そうですねぇ。一向に減りませんからねぇ」

言い終わり美沙とひよりは、お互いの顔を見合わせふうとため息をつく。

日夜、美沙とひよりは、各班から送られてくる案件を処理している。

だが一件の処理が終わるまでに次の案件がまいこんでくるという始末である。

それだけ各班が活動的に動いている証拠なのだがおかげで美沙とひよりは、息つく暇もないほどの忙しさの毎日を送っている。

「一息入れましょう。ひよりちゃん。コーヒーいれてくれる?」

「はい。おいしいの入れますね」

ひよりは、立ち上がりコーヒーを入れるため給湯室に向かう。

秘書課時代は、色々と失敗して美沙からは、よく怒られたひよりだが唯一褒められたのがお茶の入れ方である。
お茶やコーヒー、紅茶をいれるのだけはひよりは、上手かった。

ある時、ひよりの入れたコーヒーを飲んでしみじみと美沙は、呟いたものである。

「誰にでも特技の一つはあるものなのねぇ」と。

ひよりは、それを聞いてうれしそうに目を輝かせてと何度も本当ですか?と聞き返してきた。
そんなこともあったわねと昔のことを思い出し美沙は、少し顔をほころばせた。

あのころから見ればひよりも成長したものである。

美沙は、椅子から立ち上がると両手を伸ばし上げうーんと伸びをする。

ずっと座りっぱなしで硬くなった筋肉がほぐされて気分がいい。

「コーヒー入れてきました。あと秘書課から差し入れです〜」

ひよりが持っているお盆の上には、コーヒーの入った二つのカップの他にクッキーが入った皿が載っていた。

「どうしたの? これ?」

「はい。給湯室で秘書課の同僚とばったり会ったのでコーヒーを入れるのを手伝ってあげたらお礼にもらいました。
課長にどうぞって」

こういう時にちゃっかりとお茶菓子をもらってくるあたりはひよりも抜け目がない。

コーヒーカップを受け取りつつその抜け目なさをもっと仕事に生かしてくれればなぁと思う美沙であった。

美沙とひよりは、一時忙しい仕事を忘れティータタイムを楽しむ。

「この前、おいしいケーキの店を見つけたんですよ〜。

早川課長、今度の休日、一緒に行きませんか?」

にこにことうれしそうに微笑みながらひよりが美沙に話しかける。

「休日ができたらね・・・」

美沙が悲しそうに言うとコーヒーを一口飲みこんだ。

「あっすいません。気がきかなくて・・・」

ばつが悪そうにひよりは、視線を机に置かれた自分のカップに向ける。

「いいのよ。あなたが悪いわけじゃないから」

ひよりを慰めるように美沙が微笑んだ。

ひよりもぱっと顔をあげてうれしそうにまた話始めた。



 美沙とひよりの束の間の休息を破るかのように電話のベルが鳴る。

美沙が受話器を取る。二言、三言と言葉を交わす内に美沙の表情が曇っていく。

受話器を戻し美沙は、真剣な表情でひよりの方を向く。

「ひよりちゃん、第三班で今すぐ動ける人間は?」

「ちょっと待ってください」

ひよりは、慌てて口の中のクッキーをコーヒーで流し込む。

そして受話器を取り第三班へ内線をかける。

美沙の質問をそのまま相手に尋ねその答えを聞くと受話器を置く。

「今、手すきの人間はいないそうです。ちょうど任務が重なっていて。

一班から人員をまわしてもらいますか?」

「そう、しかたないわね。わかったわ。私が行きます。

ひよりちゃん、社長から緊急の任務よ。あなたも来なさい」

美沙は、課長としての顔から表情をひきしめ現場で戦う企業戦士の表情になる。

課長の椅子から立ち上がるとそのまま入り口へと力強い歩調で歩く。

どことなく美沙がうれしそうに見えるのはひよりの気のせいなのだろうか?

「はい! 了解です!」

ひよりは、元気よく返事をすると美沙の後についていく。

美沙と任務につけることが何よりもうれしいのだ。

美沙が入り口に向かうとちょうど扉が開いた。

それを見た美沙は、いぶかしげな表情を浮かべて足を止めた。

美沙が急に立ち止まりひよりは、その背中にぶつかった。

ぬっと人影が部屋の中に入ってきた。

人影の正体は、黒鞘に納まった刀を肩に載せた長身の男だ。

年のころは、三十くらいだろうか。

男の顔は、目つきは、鋭く獅子を思わせる凄みがあった。

丁寧に整えられた長い髪は、獅子の鬣のようだ。

野性的な顔に似合わずブランド物の黒のスーツを見事に着こなしている。

顔とその身なりから暴君を思わせる男だった。

「あっ・・・」

驚いたように美沙が声を上げる。

「え? 誰ですか?」

ひょっこりと美沙の背後から顔をだしエリックの顔を見る。

美沙の背中に阻まれてエリックの姿を見ることができなかったからだ。

「今、出張から戻った」

エリックが低い威圧感がある声を部屋の中に響かせる。

「お帰りなさい。エリック」

その声に圧されたように美沙が声を震わせて答える。

「そっちの小娘は何だ?」

ぎろりと鋭い目でエリックがひよりを睨む。

その視線から逃れるようにひよりは、人見知りする子供のように美沙の背中に隠れる。

「夏の人事で私の補佐になった日向 ひよりです。ひよりちゃん。

彼は、後方処理課副課長のエリック・ウェインさんよ。きちんと挨拶しなさい」

美沙の背中からおずおずとひよりが出てくる。

「こ、後方処理課課長補佐の日向 ひよりです。これからよろしくお願いします。

エリック副課長」

ひよりは、犬を撫でようとして噛まれないかと恐れる子供のような手つきで握手のために手を差し出す。

「で。どこに行くつもりだ?」

ひよりのことは、眼中にないと言わんばかりにエリックは、美沙に話しかける。

「え、あの・・・エリック副課長? 無視ですか? 私のこと?」

泣きそうな声でひよりが呆然と呟く。悲しそうに握手するために出した手をひっこめる。

そして胸の前でいじけたように両手の人差し指同士をつんつんと合わせる。

「社長からの緊急任務です。

すぐに動ける人間がいないので私が直接、現場に飛ぶところでした」

「わかった。そこに座ってろ。俺が行く。」

エリックは、美沙に顎で課長席の椅子を示すと背を翻した。

「ちょ、ちょっと。エリック。任務の内容は聞かなくていいの?」

「今から奴に直接、聞きに行く」

美沙の声に振り返ろうともせずすたすたとエリックは、歩いていく。

「はー。とんでもない人ですね。エリック副課長って」

エリックが去っていったのを見送りながらひよりは、安心したようにほっと息をつき呟いた。

「傲岸不遜が服を着て歩いているような人だからね。だけどすごく優秀な人なのよ。

性格さえ悪くなければもっと上の地位にいるはずなのにね」

「なるほど。納得ですね〜」

美沙の言葉にうんうんとひよりが頷く。

「で、ひよりちゃん。ここで何をしているの?」

「はい?」

美沙の問いにひよりは、頭の上に?マークを浮かべる。

「私の代わりにエリック副課長が任務に行くことになったけどあなたが現場に行くことは変わりないのよ?」

「え? つ、つまり?」

ひよりは、緊張でつばを飲み込むと美沙から告げられる言葉を待つ。

「ちゃんと現場でエリック副課長の補佐をするのよ。早くエリック副課長を追いかけなさい」

ひよりにとって美沙の言葉は、絶対だ。

内心では、エリック副課長は、苦手だなーと思っていても美沙の言葉とあればひよりに逆らうことなどできない。

「わ、わかりました。頑張ります!」

美沙に向かって一礼するとひよりは、エリックを追うために部屋を出て廊下を走る

「頑張ってきなさい。ちゃんと二人で帰ってくるのよ」

美沙がひよりの背中を見送る。

「だって帰ってきてくれないとまた書類の山ができちゃうから」

美沙は、悲しそうに呟くと書類仕事を再開するため自分の机へと戻っていった。



 ひよりは、廊下を走りながらエリックを探す。

「エリック副課長〜。どこですか〜?」

エリックの名を読んでみるが返事は返ってこない。

「あ、いました。よかった」

ひよりは、エリックを見つけほっと胸を撫で下ろす。

エリックはエレベーターの扉の前にいる。

幸いなことにまだエレベーターは来ていない。ひよりは、エレベーターに向かう。

だがひよりがエリックの元にたどり着くよりも早くエレベーターが到着した。

エレベーターの扉が開きエリックがエレベーターへと乗り込む。

「エリック副課長。待って下さい」

エリックは、ひよりの声を気にも留めずエレベーターのボタンを押す。

扉がゆっくりと閉まっていく。

「ええ〜!うそ〜!ちょっと、エリック副課長! 待ってください!」

慌ててひよりは、全力疾走。

ギリギリで間に合いそうとひよりが安心した瞬間、扉の直前で足がもつれて見事に転んだ。

まるで溺れる人間のように手足をばたばたさせ転んだ状態のまま前に進むとドアの間に手を挟ませドアを開かせた。

エレベーターの中でエリックは、そんなひよりを蔑むような冷たい目で見ている。

ひよりは、立ち上がるとエレベーターに乗りこむ。

乗り込んでからスーツの埃を払い一息つく。落ち着くとひよりは、エリックに話しかけた。

「エリック副課長。課長よりの業務命令で補佐をさせていただきます。よろしくお願いします」

「いらん。帰れ」

にべもなくエリックが一言でひよりの言葉を斬って捨てた。

「え、あの、その、そう言われても課長からの命令ですので・・・

そういうわけにはいかないんですけど」

「喫茶店で俺が任務を終えるまで茶でも飲んでいろ」

エリックは、冷たい言葉とまったくひよりの方を見ようとしない冷たい態度で拒否を表す。

そんなエリックの姿を見てひよりは、ありったけの勇気をふりしぼり思い切って尋ねた。

「あのエリック副課長・・・お嫌いですか? 私のこと?」

「足手まといはいらん」

エリックは、情け容赦ない言葉をはっきりと言う。

ひよりは、その情け容赦ない言葉を受けても肩を落とすどころかにっこりと微笑んだ。

「大丈夫です。こう見えても私も後方処理課に配属された人間です。

これまでに何度も現場に出たことがあるんですよ。決して足手まといにはなりません」

「何ができる?」

「はい! サポートが得意です。具体的に言うなら指示と状況判断が得意です。

早川課長もこの点だけは認めてくれてるんですよ」

うれしそうにひよりが自分のできることをエリックに話す。

エリックがやっと自分に興味を持ってくれことがうれしいのだ。

「いらん。邪魔だ」

エリックは、冷たく斬って捨てる。

「えぇーっ!」

ひよりは、思わず驚きで声を上げる。

「そんな、一人じゃ危ないですよ。私が補佐した方が安全です。

一人より二人の方が任務を達成しやすくなりますし」

「群れた犬より一匹狼の方が強い」

「狼の群れならもっと強いですよ」

くじけることなくひよりは、エリックに食いついていく。

「口だけは達者だな」

あきらめることなく食いついてくるひよりにさすがのエリックも少々あきれたようだった。

「補佐も同じくらい上手いんですよ。エリック副課長」

ひよりが駄目押しとばかりににっこりと微笑む。

思わず頭を撫でてやりたくなるような温かい微笑だった。

「わかった。ついてきてもいいが足手まといだと俺が思ったら」

「はい。その時は、素直に副課長の判断に従います」

エリックが折れたのを見てひよりも譲歩の姿勢を示す。

「わかった。その時は、斬って捨てる」

「えっ?あの・・・斬って捨てるって?どういう意味ですか?」

予想だにしてなかった言葉に思い切り動揺した顔でひよりが慌てて尋ねる。

「言葉どおりの意味だ。刀の錆にしてやる」

ひよりにこれで斬ってやると示すようにエリックは、肩に担いでいる刀を軽く上げて見せた。

「斬、斬られないように頑張ります」

恐怖で声が震えつつもむんと両拳を握って気合のポーズをとるひよりだった。

そんなひよりを冷ややかにエリックは、見ていた。

エレベーターが止まり静かにドアが開く。

それは、まるで運命の門が開いたかのようであった。

エリックとひよりは、共に肩を並べ運命の門が開いた先へと歩き出した。



 千早重工社長室。来賓を迎えるための社長一人では広すぎるスペースが取られている。

室内の調度品は、落ち着いた雰囲気でまとめられている。

入り口の重々しい扉が叩かれ乾いた音が室内に響く。

「どうぞ」

千早重工社長、千早 雅之は、業務の手を一時止めると扉を開けて入ってきたエリックとひよりに視線を送った。

「失礼します。後方処理課課長補佐、日向 ひよりです」

ひよりは、丁寧にお辞儀をすると部屋に入ってきた。

エリックは、無言で部屋に入ってきた。

視線は、まっすぐ千早 雅之を捕らえている。

まるでこれから狩りを始める獅子が獲物の品定めをしているような鋭い目つきだった。

千早 雅之とエリックの間に冷たい空気が漂う。

ひよりとエリックは、共に千早雅之のデスクの前に並んだ。

「で、任務は何だ?」

開口一番、エリックが乱暴な口調で用件を切り出した。

隣にいるひよりは、社長が怒り出さないか内心ひやひやしながら社長の言葉を待った。

「任務は、機密情報の保持です。

千早重工製品開発部のタタラ 榊 康人が我が社の技術と情報を私的に利用していることが判明しました。
ここまでなら身柄を確保しそのデータを全て抑え榊 康人を解雇してしまえば何も問題ないんですが」

千早雅之の言葉にエリックが割り込む。

「そこで問題が起こった。だから俺が来た」

唇を楽しげに歪めエリックが言った。

その隣でひよりは、

(あのー、エリック副課長。正しくは、俺じゃなくて俺達だと思うんですけど。

もしかして私のこと忘れていますか? 私っていらない子?)

とエリックが自分の存在が忘れ去られてないか不安を抱いていた。

「ええ。その通りです。

榊は、イワサキと接触を取ったことを先ほど後方処理課第二班が突き止めました。

榊に我が社の技術とデータを持ったままイワサキに引き抜かれると我々は、不利になります」

イワサキは、軍需産業を中心とする多国籍企業だ。

千早グループとは長年、表裏関わらず企業競争を繰り広げてきた。

現在は、お互いの企業内の内部抗争により休戦状態になっている。

だが小競り合いは休戦となっている今でも少なからず存在する。

「だからその前に俺が処理する。条件は?」

「最悪の場合、榊 康人を抹殺し機密情報を廃棄してイワサキの手に落ちないようにしてください。

そのような事態にならないことことを期待します」

「わかった。で、そいつは、今、どこにいる?」

「タタラ街の自宅だそうです。イワサキに護衛を求めたことも確認しています」

「そうか。お前の代わりに全部上手く殺ってやるよ」

エリックは、そう言うと背を翻し扉へと向かった。

「え?あの、エリック副課長?」

ひよりは、エリックに着いていって扉に向かえばいいのかそれともまだ雅之から言葉があるのか
判断に迷いきょろきょろとせわしなく二人を見るため頭を動かす。

「成果を期待します」

千早 雅之は、会話の終了を告げると再び業務に戻った。

「は、はい。頑張ります」

ひよりは、一礼するとエリックの後を追った。



 エレベーターの中でひよりは、エリックに追いついた。

エリックは。無言でエレベーターのボタンを押した。

居心地悪そうにひよりは、エリックの隣に立った。

扉が閉じてしばらくの間、エレベーターは、沈黙に包まれた。

「あの、エリック副課長」

ためらいがちな小さな声でひよりが沈黙を破った。

エリックは、無言のままだった。ひよりは、とまどいの表情を見せたが言葉を続けた。

「ええと、エリック副課長は、どんな戦闘技術をお持ちなんでしょうか?」

「聞いてどうする?」

エリックは、ぎろりと目だけ動かしひよりを見る。

針のように鋭く尖った視線がひよりの顔に突き刺さる。

「あの・・・どんな戦闘技術をお持ちか知っておけばサポートしやすいので」

ひよりは、ちらりとエリックが肩に担ぐように持っている刀に目をやる。

「やっぱり剣術ですか?」

エリックは、無言のままだ。

「えーと、じゃあ剣法ですか?」

ひよりは、剣術と剣法がどう違うのかわからない。

だがとりあえず間を持たすために思いついた言葉を口に出してみる。

「殺法だ」

「さ、殺法ですか?」

いまいちピンとこないのかひよりは、エリックの言葉を繰り返す。

「俺が今ここでお前を殺そうと思えば2秒後にお前は死んでいる。

そういう技術だ」

エリックは、まるでそれがすごく簡単なことだと言うように平然とした態度でそう言った。

ひよりを脅すというような強い口調ではなく素っ気無いという言葉がまさにぴったりの口調だった。

ひよりは、背筋に冷たいものを感じ思わず身震いした。

改めて自分がとんでもない人物の隣にいるのだと思い知らされた。

そのとんでもない人物と仕事を一緒にしなければならないのだからひよりの心の中は、不安でいっぱいだった。



 全ての準備を整えひよりとエリックは、千早アーコロジーを出た

二人は、肩を並べてホワイトエリアの歩道を歩く。

ひよりとエリックの他にもビジネスマンやOL達が規則正しく道を歩いていた。

エリックもここでは、刀を堂々と持ち歩くことはしない。

ホワイトエリアは、警察とN◎VA軍が巡回しており武器の携帯は、禁止されている。

武器を持っていることが見つかれば武器は、没収され警察のご厄介になるだろう。

エリックの刀は、まるで時代劇に出てくる忍者のようにコートの後ろに背に沿って垂直に入れてある。

コートとエリックの長身のおかげで外からは、刀を持っているようには見えない。

エリックの横には、普通のOLにしか見えないひよりがいるので一見すると
営業に出かけるやり手の上司と頼りない新人という姿に見える。

エリックが片手を挙げロボタクを呼びとめる。

ロボタクとは、運転手がロボットのタクシーのことだ。

ニューロエイジと呼ばれる現在では、人間が運転手をしているタクシーを捜す方が難しくなった。
目の前に止まったロボタクにエリックとひよりが乗り込む。

「状況を確認しておけ」

ロボタクに乗り込むなりエリックが低い声でひよりに言った。

「はい。わかりました」

ひよりは、右耳の耳小骨に埋め込んである通信機リンクスを起動する。

誰にも気づかれずに通話できる通信機だ。

IANUSで後方処理課二班を呼び出す。

第二班が榊 康人がイワサキと接触を持ったことを突き止めたのならば今も継続して見張っているはずだ。
第二班は、対外諜報に優れているが実力行使となれば三班に分がある。

社長である千早雅之もその点を理解しているので二班の報告を受け三班にこの件の処理を任せたのだろう。

三コール目で通信が繋がる。右目の網膜に写した通信画像に二班のオペレーターの姿が現れる。

「こちら後方処理課第二班」

「お疲れ様です。後方処理課課長補佐の日向 ひよりです。

榊 康人の件の担当者をお願いします」

「少々お待ちください」

一瞬で画面が切り替わりキャリアウーマン風の女性が現れる。

女性の名は、御堂 碧。後方処理課第二班の班長だ。

以前は、トーキョーN◎VAの特務警察ブラックハウンドにいた。

だが転職して千早重工に入社しこの後方処理課ニ班の班長に抜擢された。

電脳空間でのハッキングや情報収集を得意としその能力は、
トーキョーN◎VAでも数人しかいないといわれるウィザード級と呼ばれる超一流のニューロだ。

「あ、碧さん・・・じゃなくて御堂班長。お手数をおかけします」

「別に碧さんでいいわよ。ひよりん。榊 康人の情報ね。

私がウェブから監視しているから安心して。すぐそっちに情報を送るわ」

碧は、ひよりに向かって親しげにウィンクする。

碧は、後方処理課の班長の中で唯一の女性の班長だ。

ひよりをひよりんと愛称で呼ぶくらいひよりとは、仲がいい。

ひよりも硬い表情を緩め女性らしい暖かい表情で碧に話しかける。

「イワサキの護衛の方はどれくらいの人数ですか?」

「イワサキのニューロがウェブから榊の家の周囲を見張っていたわ。

私が目くらましをかけておいたから近づいても見つからないわ。

任務が終わるまでウェブは、任せてもらって大丈夫よ。

問題は、榊についている護衛の方ね。得体の知れない男でウェブにも情報がないの」

「ウェブに情報がない?」

ひよりが思わず首を傾げる。

ニューロエイジと呼ばれるこの時代、ほとんどの人間は、IANUSと呼ばれる小型端末を体に埋め込んでいる。
IANUSは、IDや銀行口座そしてあらゆる身分証の代わりとなる。

ウェブに情報がないということは、IANUSを入れてない人間かそもそもこの現実に生まれてない人間のどちらかだ。

その男がイワサキの工作員だと考えればウェブにある情報を巧妙に隠しているとも考えられる。

「イワサキの工作員ですかね?」

「恐らくね。うちのファイルには、該当する工作員はいないわね。

今回が初めての任務の新顔かもしくは・・・」

「もしくは?」

その言葉に不吉な物を感じてひよりは、唾を飲み込む。

「噂の忍者かもね」

イワサキは、忍者を雇っている。そんなまことしやかな噂が最近、後方処理課の工作員達の間に流れている。
当然、ひよりもその噂は聞いていた。

だがその存在を確認した情報は、未だに手に入ってない。

なぜならイワサキですらその存在を知らないからだ。

一般の社員に混じりサラリーマンのように仕事をこなし何かあれば隠密裏に任務をこなす。

まさに現代に蘇った忍者だ。

何人いるのか? どこにいるのか? 誰が忍者なのか? それらは全て謎に包まれている。

故に雇い主が誰であるか判明することもない。それが忍者だ。

その全てを把握しているのは、恐らくイワサキの社長である篁 綾だけだろう。

「そいつのIANUSにハッキングできませんか?」

「うーん、出来なくはないけど防壁が硬くて手間取りそうだわ。

一応、やってみるわ。ばれないようにやるから時間かかると思う」

「わかりました。よろしくお願いします。あとその男の画像を私のポケットロンに送ってもらえますか? 
エリック副課長にも見てもらいますんで」

「OK。でもエリック副課長と一緒にいるの?」

「はい。そうなんです」

「大変そうねぇ。同情するわ」

かわいそうにとでも言うかのように碧は、首を振る。

「そんなに凄い人なんですか?エリック副課長って」

「そりゃもう。千早の利益のためなら社長も殺しかねない男だって言われているわ」

「じょ、冗談ですよね?」

ひよりが怯えた声で問い返す。

「そんな風に言われるほど実力があるけど要注意人物ってことなのよ。

噂じゃ過去に社長と戦ったこともあるって話だし。

だから表裏どちらの仕事も完璧にこなすのに後方処理課の副課長なんて地位にいるの。

上の地位に上げると千早内に粛清の嵐が吹きかねないって理由で人事部が上に上げないのよ」

「粛清と言う点では後方処理課でも変わらないと思いますが」

後方処理課は、査察を行う権限を持ち千早グループの人間を処分することも時としてある。

そういう意味では、粛清を行っているとも言えなくもない。

「後方処理課は、社長が抑えているもの。

エリック副課長が自分の部署を持ったら自分の手足となる人員を持つことになるでしょう?

もしそうなると誰に噛みつくかわからないので上の連中が恐れているのよ。

一人だけならできることはたかが知れているし監視も楽だしね」

「ああ。なるほど」

「そういうことだから気をつけなさいね。

何か失敗したら即座に斬られるってことも十分にありえるかもよ〜?」

碧は、茶化すように語尾を延ばす。

ひよりは、自分の斬られる場面を思い浮かべて怖さからぶるっと震えた。

「それ、あんまり冗談になってませんてば」

ひよりが頬を膨らまし怒ったように語気を強め答えた。

さっきまで忘れていたのに碧のせいでエリックの言葉を思い出してしまった。

エリックの人物評を聞く限りではたぶんあの時の言葉は、本気だろう。

ひよりは、肩を落とし浮かない表情を見せる。

碧が落ち込んだひよりを励ますように微笑む。

「いつも通りやれば大丈夫よ。あなたのサポートは、みんなが認めてるんだから。

後方処理課に来た時は、みんな馬鹿にしていたけど今は、そうじゃないでしょ?

エリック副課長もそれと同じよ。いつものようにサポートして認めさせちゃいなさい」

「はい! そうします」

ぱっと表情を明るくしてひよりが元気よく答える。

「その調子、その調子」

「はい。ありがとうございます。頑張ってきます!」

「気にしないで。なんかあなたを見ていると妹を思い出すわ。

ほおっておけないような雰囲気なんてそっくりよ」

碧は、昔を懐かしむように目を細めた。

「そうなんですか?私ってそんなに頼りなく見えますか?」

「あなたは、見かけと違って芯は、強いから。そのギャップがいいんじゃない?

そういうところを上手く使っていけばいいと思うわ。

じゃ、何かわかり次第また連絡するわ」

「はい。お願いします」

碧は、気安げにバイバイと手を振ると通信画面から消えていった。

ひよりもリンクスの通信画面を閉じ右目の網膜に現実の風景を写す。

すぐにポケットからポケットロンを取り出し碧から送られてきたデータを確認する。

ポケットロンに写っているのは白衣を着た男とどこにでもいるようなスーツ姿の男。

白衣の男は、榊 康人だ。ぼさぼさの長い髪を真ん中で分けてある。

長細い顔のひょろっとしたという言葉がぴったりの男だ。

とするとスーツを着た男がイワサキから派遣された護衛ということだ。

中肉中背でどこにでもいるような平凡な男だ。

見たところあまり強そうには見えない。

「これがイワサキの護衛らしいのですが」

ひよりは、ポケットロンの画面を隣にいるエリックに見せる。

エリックは、獲物を見つけた狼のように唇を歪める。

「ふん。なるほど。できる奴だな」

「えっ? 画面を見ただけでわかるんですか?」

「見た目から怖そうな奴と見た目は、怖くないが相手にした瞬間に牙を向いて相手を殺す奴、

相手にするとしたらどっちが厄介だ?」

「それは、後者の方ですね。前者の方は、戦うとしたら準備する時間がありますから。

後者の方は、敵対するまで気づかない可能性があります」

「頭は、悪くないようだな」

その言葉でひよりは、エリックに試されたことを気がついた。

「どうですか? 合格ですか?」

ひよりは、エリックの方を向き褒められるのを待つ子供のようにエリックの言葉を待った。

「頭は、悪くないようだと言っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「はぁ。そうですか」

ひよりは、がっくりと肩を落とした。

なかなかエリックと打ち解けることができない。

エリックの方からは、そういう意思が見受けられない。

まるで永久凍土の壁にぶつかっているような感じだ。

ひよりの明るさを持ってしても永久凍土の壁を溶かすことは無理のようだ。

さすがのひよりも落ち込みそうになる。

ひよりは、それを否定するようにぶるぶると首を振る。

まだまだこれくらいでくじけるものか。仕事に困難は、つきものだ。

自分にそう言い聞かせ決心を新たにする。

ひよりの様子をエリックは、冷たい目で見ていた。



 再びひよりのリンクスに通信が入った。ひよりは、相手を確認する。碧からだ。

リンクスを起動させる。右目の網膜に碧の顔が映る。

「ひよりです。何かありましたか?」

「ええ。榊が動いたわ。車で移動するみたい。

行き先は、恐らくヨコハマLUSTよ。

あそこまで逃げられたらこっちは、手出しできなくなるわ」

「わかりました。こちらで止めます。マップ送ってもらえますか?」

「わかった。ひよりん。それと榊の研究データを見つけたわ。」

「彼は、いったいどんな研究をしていたんですか?」

「簡単に言うとIANUSにデータを注入して他人の技術を与える技術ね。

例えばあなたに第三班班長のミューズの技術を与える。

すると彼のような銃の達人になれる。

簡単にミューズのような銃の達人がすぐに手に入れることができる。

それだけじゃない。更にデータを追加すれば銃の達人でありながら早川課長のようなテコンドーの達人にだってなれる」

「へえ。すごいですね。」

「ええ。でも問題もあるわ。自分の人格が消失してしまう可能性がある。

他人の技術や経験を無理やり上書きしているようなものだから。

それとこのデータには、後方処理課三班の人員のものが使われているわ」

「それってかなりまずいですね」

「ええ。後方処理課第三班の全工作員のデータがイワサキの手に渡るのと同じだからね。

私は、このデータがイワサキのニューロの手に落ちないようにするから。ウェブ空間のことは任せて。

ひよりんは、現実空間の方をお願いね。」

「はい!」

きりりと引き締まった表情でひよりが返事する。 

碧は、それを見て安心したのか僅かに微笑んだ。

画面から姿を消してからひよりは、エリックの方に向いた。

「状況が動きました。あちらが逃走を開始しました」

「ほう。距離は?」

ひよりがポケットロンを差し出す。

画面には、碧から送られてきている地図と対象の位置を表す点が写っている。

ひより達がいるのは、N◎VAの企業が集る中央区オフィス街、榊達がいるのは、南西にある木更タタラ街だ。
イワサキの本拠地ヨコハマLUSTへは、木更タタラ街の方が近い。

「ここからは、遠いな。だが」

「ええ。このロボタクで追いつくことは難しいでしょう」

ロボタクは、法廷速度を破ることはできない。

たとえロボタクで相手に追いついたとしても相手が法廷速度以上だしてしまえば振り切られてしまう。
地図上の速度から見て相手の車は、カゼが運転していると見て間違いない。

「とりあえずこの車から降りましょう」

そう言うとひよりは、ロボタクを止まるように言うと料金を支払い歩道に降りる。

エリックもひよりに習って歩道に降りた。

「どうするつもりだ? 小娘」

「これでも伊達にみんなから“ボランチ”舵取りと呼ばれてるわけじゃないんですよ。エリック副課長」

自信ありげに微笑むとひよりは、リンクスを起動させる。

通信先は、フィクサーのマイケル・グローリーだ。

「もしもし。いつもお世話になっています。マイケルさん。

千早重工後方処理課課長補佐の日向 ひよりです」

「今日は、どんなビジネスの話かな? お嬢さん」

「ええ。今すぐ腕の立つカゼを紹介してもらいたいんですけど。

チェイスの得意な人です。

ちょっとハンデがあるんですがそれでも追いついてくれる人をお願いします。

カゼへの報酬は、一ゴールド」

「ずいぶんと急な話だ。今すぐとなると紹介料は、いつもより高く貰うことになるがいいか?」

マイケルが紹介料は、これだけだという指を五本立てる。いつもだと三本だ。

ひよりは、ポケットロンを起動して口座の残金を確かめる。

もちろん自分の口座ではない。

円滑なサポートを行うために千早重工から与えられたひより専用の工作資金の口座だ。

紹介料に加えて報酬を払うとなると工作資金の残高は、限りなく0に近くなる。

「うう、背に腹は代えられません。それでお願いします。私達の場所は、今から送ります」

ひよりは、ポケットロンを操作し自分の居場所をマイケルのトロンに送る。

「わかった。すぐにカゼをそちらに行かせる。

名前は、ジャンルカ・インザーギ。ラインブレイカーのハンドルで呼ばれている凄腕だ。

それでは」

「はい。どうもありがとうございます」

礼を言うとひよりは、通信を切る。

「カゼを雇いました。これで追いつける筈です」

エリックがひよりを見る。しばらくの間、二人の間に沈黙が流れた。

(勝手に人を雇っちゃったからエリック副課長、怒ったのかな)

ひよりは、内心いきなり斬られないかとびくびくしている。

「わかった。」

それだけ言うとエリックは、ひよりから視線を外した。

ひよりは、エリックの態度に拍子抜けしたようにぼうっとその場に立ちつくしていた。

「あ、あの副課長、私、叱られるかと思ったんですが。」

「お前がそれしか手段がないと判断したならそれを叱る理由はない」

「でも副課長の許可を得ませんでしたし」

「支援の分野に関してはお前に与えられた権限で行動しろ。俺の許可は必要ない」

「はい!」

ひよりは、うれしそうに元気よく返事を返した。

その声を掻き消すように遠くから甲高い排気音が響いてきた。

「来たようだな」

エリックが排気音のした方を見る。

音は、だんだんと大きさを増しながらひより達の方へと近づいてくる。

あっという間に視界に真紅を纏ったスポーツカーが堂々と現れる。

そのボディは、空力を計算された流線型。

風を従えて走る姿は、空を飛ぶ戦闘機のように美しい。

スポーツカーの名は、Model・512。

今では見なくなった形式のスポーツカーだ。

Model・512の流れを組むスポーツカーは、最悪の燃費と最高の速度を誇ると走り屋の中では有名であり人気も高い。

今は、その最新型であるModel・XXが市場に出回っておりModel・512の

生産は、完全に終了している。交換部品のみが受注で生産されているはずだ。

性能も完全にModel・XXの方が上回っている。

それでも旧型であるModel・512を乗り続けているということはよほど強い思い入れがあるのだろう。

Model・512は、一気にスピードを殺しひより達の前にぴたりと止まる。

扉が開き運転席から合成皮のジャケットを纏った長身の男が降りてきた。

男の目は、獲物を狙う狼のように鋭く冷たい。

そして体は、ボクサーのように無駄な肉を殺ぎ落としたことによって痩せているように見える。

「あんた達が依頼人か?」

男が低い声で尋ねてきた。

「はい。そうです。千早重工後方処理課の日向 ひよりです」

愛想よくひよりが自己紹介する。

「エリックだ」

ひよりと違い表情一つ変えずにエリックは、名前だけを告げた。

「ジャンルカ・インザーギだ。乗ってくれ」

ジャンルカは、そう言うと運転席に戻った。

ひよりが後部座席のドアを開けてエリックが乗り込むのを待つ。

エリックは、それを無視するかのように助手席のドアを開けて助手席に乗り込んだ。

「あの副課長、こちらの方が安全ですよ?」

とまどったようにひよりが助手席に座ったエリックに声をかける。

普通、目上の人間は運転手の後ろの席に座るものだ。

この場合、ひよりの上司であるエリックが後部座席に乗るのが正しい。

だがエリックは、気にすることなく助手席に座っている。

ひよりの言葉を聞いてもエリックは、席を移るそぶりもみせない。

「こちらの方が即応性が高い。お前が後ろに乗っていろ。」

「いいんでしょうか?」

扉の前でひよりは、まだ迷っている。

「早く乗ってくれ」

ジャンルカが運転席から顔だけを後ろに向けてひよりを急かす。

「は、はい」

ひよりが慌てて後部座席に乗り込む。ドアを閉めてシートベルトを締める。

ひよりがシートベルトを締めたのをミラーで確認するとジャンルカは、アクセルを踏み込み

Model・512を発進させた。

狼の咆哮のように排気音が周囲に響き渡った。

シーン2 ボランチと闘将に進む

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