Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン2 Misfortune

ところどころ舗装が剥げた道路、今にも崩れそうな廃ビル、薄汚れたぼろ衣を纏った人々。
ここは、私の生まれ故郷、トーキョーN◎VAの南に位置するスラム街。

だからといって好んで戻りたい場所ではない。

朝には、ロイヤルスイートにいた私がまたここに戻ってくるなんて。

ゴール直前でスタートにひき戻された気分だ。

まったくどこでケチがついたのだろう?

私は、肩を怒らせながらスラム街を歩く。

しばらくここでおとなしくしていたほうがよさそうだ。

幸いここスラム街は、警察がやってくることはない無法地帯だ。

私の他にも身を隠している犯罪者はごまんといる。

それどころか犯罪結社や企業のブラックオペレーションチームの拠点もここに存在する。

私は、以前住んでいた建築計画が途中で頓挫したマンションの一室に向かう。

かなり長い間空けていたから埃まみれだろうが住めないことはないはずだ。

エレベーターは、私がいた頃とまったく変わらず電力不足で動いていない。

私は、階段を上り部屋の鍵を上げる。

電子制御によるセキュリティなんてものはついていない。

今時珍しい鍵を取り出しドアノブに差し込む。

案外、こういったアナクロなセキュリティの方が今の時代、逆に有効だったりする。

ドアを開け壁にある電灯のスイッチを押す。

おっと。さすがは、スラム街。もう部屋の中には新たな住人がいるようだ。

人影が見える。こちらに気がついたらしく人影は、こちらに向かってくる。

部屋の扉が開く。と同時に鋭い風が私に吹きつけてきた。

反射的に半歩、私は後ろに下がった。どうしてそうしたかは、わからない。

わかったのは、そうしなければ私は死んでいたということだ。

左肩から右脇まで斬られて赤い血が止まらない。

ドレスの肩の部分も斬られて左胸が露になっている。

出血で霞む目に写ったのは、白髪、着流しに口元に煙管を咥えた渋い男だ。

虫を見るような目で私を見ている。そこには、何の感情も見て取れない。

右手に握られたドスの刃は、べったりと赤く染まっている。あれは、私の血だ。

私は、後ろに転がるようになりながら部屋の外に出る。

そして44オートマグを引き抜くとろくすっぽ狙いもつけず部屋の中に向かって乱射する。

8回、銃爪を引くと弾が切れる。私に次弾を装填する余裕などない。

このままでは、ここで殺される。

なんとか足を動かし転がり落ちるように階段を降り道路へと走る。

肩口で切れたドレスを結び左胸を隠し出血の影響でもつれる足をなんとか動かしながら男から逃げる。
自分の部屋だからと安心した私が馬鹿だった。

相手は、私があの部屋に帰ってくるのを待ちうけていたのだ。

ここまで私の行動範囲を知っていると人間といえば一人しかいない。

昨日、来なかったあいつの顔が脳裏に浮かんだ。

「別れたいなら・・・そう言ってくれればいいのに」

苦痛で喘ぎながら言っても仕方ない独り言を呟く。

足がついに私の意志に従わなくなった。足がもつれ思いっきり地面に転ぶ。

アスファルトが壁のように私の目の前にある。

ここまでかな?とあきらめの気持ちが浮かんでくる。

ごろんとベッドで寝返りを打つように体を返す。

体を返した拍子に13という数字が書かれた標識が見えた。

ああ、13番通りまで逃げてきたのかと我ながら感心する。

あのマンションから13番通りまで優に1キロはある。

出血した体でここまで逃げてきたのだ。我ながら上出来だろう。

だんだん体が冷たくなってくるのが自分でもわかる。

目の前に死に神が立っている。ご丁寧に棺桶まで引きずっている。

私の死に顔を見たいのか死に神は、自分の顔を近づけてきた。

せっかくだからなんか言ってやるか。

死に神が目の前にいるということは、天国には行けないのだ。

まぁ、天国に行くような生き方もしてなかったが。

ここで何か言ってもどうせ地獄に行くのだ。

文句の一つも言っても構わないだろう。

「・・・不細工」

間近に見えた死に神の顔に向かってそう言ってやった。

霞む目ではどんな顔かははっきりと見えないが死に神にいい男がいるなんて思えないからこれでいいのだ。
それにこんな所で死ななきゃならない腹ただしさも文句の中に含まれている。

うん。最後に死に神に文句を言うなんて人間はそうはいないだろう。

そう思うと少し気分がよくなった。薄れていく意識の中で私は、満足だった。



 再び私は、目を開けた。どうやらまだ現世に留まっているらしい。

ここが天国か地獄だとしたらずいぶん安っぽい。

天井がビニールシートの天国や地獄なんてどんな宗教の教えにも存在しないだろう。

ここは、どうやらホームレスのテントの中らしい。

私は、身を起こす。汚い毛布がずり下がる。

私は、慌ててずり下がった毛布をたくし上げる。

毛布の下から現れたのは、私の裸体だ。

傷は、誰がやったのかわからないが綺麗に縫合してある。

テントの中を見回す。
私の下着に白いドレスにハイヒール、ホルスターに入った44オートマグと換えのマガジンは、まとめて頭の位置に置いてあった。

ドレスの切れた部分も繕ってある。恐らく私の傷口を縫った人物と同一人物だろう。

ドレスの縫い目と傷口の縫い目が一緒だ。

私は、ドレスを見に纏いホルスターを手に取るとハイヒールを履きテントの外に出る。

まだ傷口が傷むが我慢する。テントをめくり外に出る。

冷たい外気が傷口に染みて痛みに思わず顔を歪める。

だがこうして生きているとうことはあの男は、私を追ってこなかったのだろうか?

外は、すでに日は落ち真夜中だ。ドレス姿の私には肌寒いぐらいだ。

赤々と火がたかれたドラム缶の周りにホームレス達が輪になって集っている。

私は、臆することなくそこに近づいていく。

ホームレスの一人が私に気がつき周りのホームレス達に声をかける。

ホームレス達の無言の視線が私の顔に集中する。なんか恥ずかしい。

いつまでも無言でいるのも具合が悪い。何か言わないと。

「と・・・とりあえず助けてくれてありがとう」

私の言葉を聞きホームレス達は、汚い歯を見せて笑ったり囃し立てたりと大騒ぎだ。

野球の優勝パーティのような騒ぎだ。

ああ、もう。何なんだ。このノリは!正直言ってついていけない。

頭を抱えたくなる衝動に駆られる。

「お前さんを助けたのはGだ。礼ならGにいいな」

親しげに近くに寄ってきたホームレスが私に告げた。ついでに私のお尻まで撫でている。

それだけ言うとそのホームレスは、さっさと私から離れていった。

ちょうど私がその手を払おうとした矢先だった。

まさに逃げるにはこれ以上ないほどいいタイミングだった。

悔しさがこみ上げてくる。離れていったホームレスを目で追う。

ホームレスが大声でその名を呼ぶ。Gと。

ヒーローを呼ぶような調子でホームレス達がその名を連呼する。

G?おぼろげながら私には、その名には聞き覚えがある。

その名を聞いたのはいつのころだっただろうか?

夜の闇よりその男は、姿を現した。

蓬髪からのぞく鋭い眼光。目深にかぶったテンガロンハットにぼろぼろのスーツ。

2メートルを優に越える巨体。

背後には、自分の体が入るほどの巨大な棺桶。頭の部分にアンカーがありそこに鎖をかけひきずっている。
棺桶は、恐らく廃車になった車のフレームとボディを利用して作った物だろう。

中に何が入っているのかわからないがかなり重い物が入っている感じだ。

まさか死体は、入ってないとは思うが男の持つ雰囲気は、葬儀人の持つそれだ。

死体が入っていてもおかしくないと私に思わせるには十分すぎる。

その男の姿を見ておぼろげだった私の記憶がようやくはっきりする。

“All Calls His Name”G。  

その者の名をみなかく語りき。その名はG。

13番通りに住む者達の守護者(Gurdian)

13番通りに住む者達に手を出した者を墓場(Guraveysrd)に送る無法の街の葬儀人(Gravedigger)

13番通りに住む者達に称えられる偉大なる(Grae)t巨人(Giant)

数々のGの頭文字から始まるあだ名を持つが故にみなからGと呼ばれる男。

私がスラム街にいたころに聞いた噂だったがまさか実在するとは思わなかった。

Gが私の目の前にやって来た。

私も女性の中では身長は高い方だがGの前では大人と子供のような差がある。

見上げるようにしてGの顔を見つめる。

「ありがとう。その・・・助けてくれて」

私は、とりあえず礼を言ったがGの表情は、彫刻のようにぴくりとも動かなかった。

「それと不細工なんていってごめんなさい。」

あの時は、つい不細工なんて言ってしまったが間近で見たGの顔は、無骨だがそれほど不細工というほど不細工ではない。
荒削りな魅力があるといってもいい。

だからといって私が抱かれたいというほどいい男ではない。

第一、纏っている雰囲気が暗くて重い感じで私の好みではない。

こういう顔が好きな女もいるだろうなぁというのが私の正直な感想だ。

Gは、私の言葉を聞くと満足したのか背を返し歩き始めた。

「ちょっと! どこ行くのよ?」

Gは、一言も話すことなく元いた場所へと戻り始めた。

まだ私には、Gに聞きたいことがあるのだ。

追っ手はいなかったとかなぜ私を助けてくれたのかとか。

私を助けたのには何か理由があるはずだ。

金のためとか誇りのためとか下心とか色々あるだろうが何の打算もなく私を助けるはずはない。

何の打算もなく人を助けてくれるのは神様くらいなものだ。そんなものがいればの話だが。

とにかくそれをはっきり聞いておかないと気持ち悪くてしょうがない。

個人的には、自分と他人の関係ははっきり明確なものにしておきたい性分なのだ。

明確にしておけば敵になった時にもあんたってそういう奴だったよね、じゃ仕方ないやと納得できる。
だが理由もなくただ助けられましたじゃ何かべたべたした感じではっきりしない。

それが私は、とても嫌なのだ。慌ててGの後を追う。

Gの向かう先に視線を送るとそこには男が立っていた。

白髪、着流しに口元に煙管を咥えた渋い男。私を斬ったあの男だ。

あの時と違うのは左目を覆うように包帯を巻いている。

恐らくあの時、私が狙いもつけずに乱射した弾丸が当たったのだろう。

いい気味だ。こっちも玉の肌に傷をつけられたのだ。

片目だけで済んでむしろ安いくらいだと思う。

どうやら私に用があってここまできたようだ。ご苦労様。

男は、残った右目で憎憎しげに私の顔を睨みつけている。

やれやれ、仕掛けてきたのはそっちが先のはずなのに。

そっちが仕掛けてこなければこっちだって撃たなかったわよ。

まったく、これだから男って生き物は身勝手で困る。

どうもお話をしてすむ雰囲気ではなさそうなので44オートマグを引き抜く。先手必勝。

狙いもつけずに銃爪を引く。いつもと違う軽い手ごたえ。

「しまった!」

思わず声が出てしまった。冷たい汗が背を流れる。頭の中は、パニックだ。

最後にこの男に向かって全弾撃った後に私は、44オートマグのマガジンを換えていない。

逃げるのに精一杯でその後、気を失いすっかりその事を忘れてしまった。

慌ててグリップのボタンを押し空のマガジンを地面に落とし換えのマガジンを取り出し差し込む。
そこで私は、自分の間違いに気がついた。

男から逃げるのを優先すべきだった。マガジンの交換は、その後でよかったのだ。

それに気がつき男から逃げようとしたが遅かった。

この間にも男は、ドスを抜き柄尻に手を添え切っ先を私に向け突っ込んできた。

気がつけば男は、もう目の前。44オートマグを撃つにはもう遅すぎる。

「死ねやぁ! この売女ぁ!」

男の下品な文句と共にドスが突き出される。

切っ先の向かう先は、私のお腹。思わず目を瞑る。

痛みは、いつまでたっても私に襲いかかってこなかった。

恐る恐る私は、目を開ける。

目の前には、壁のように立ちはだかる棺桶。

Gがひきずっていたあの棺桶だ。ドスの切っ先は、棺桶の蓋を貫いている。

Gの巨体が入るサイズの棺桶だ。当然、高さだけでなく厚さも特別サイズ。

ドスの短い切っ先が私に届くはずもない。棺桶の鎖がぐんと引っ張られる。

ドスごと男の体が引っ張られる。向かう先にはGが待ち受けている。

Gが目の前に来た男の顔をそのごつい手で掴み自分の頭の高さまで持ち上げる。

男がGの腕をひっかき足でGの体を蹴りつけるがGは、動じることはない。

Gが鎖を捻り棺桶を地面に倒す。倒れた衝撃で棺桶の蓋が開く。

私は、棺桶の中身を見て思わず息を飲んだ。

中には、廃ビルの外壁をとおぼしきコンクリート片がぎっしりと詰まっていた。

あれでは、拳銃弾如きでは歯が立たない。

ロケットランチャーでも持ってこない限りあの棺桶は破壊できないだろう。

Gは、墓石GraveStoneのG。

Gがそうも呼ばれていることを私は、思い出した。

そして男の運命を悟り私は、目を背ける。

コンクリートと何か硬い物がぶつかる鈍い衝撃音。

見なくても何が起こったかは、想像できる。

2メートルを越える身長にGの腕の長さを加えると楽に3メートルを超えるであろう高さから
勢いよくコンクリートに向かって男の頭は、叩きつけられたのだ。

男の頭は、恐らく潰れたトマトのような状態だろう。

そんな気持ち悪いものは見たくもない。

しばらくずるずると棺桶が引く音に続いて何かが水に落ちる音が響いた。

そこでようやく私は、背けていた顔をGの方に向けた。

Gは、マンホールの蓋を閉めている所だった。

男の死体は、あのまま海まで流れて魚の餌だろう。

Gは、墓場GraveyardのG。

関わった奴らは、全員、墓場送り。

思わず私は、身震いする。風が冷たかったせいではない。

ホームレス達は、口々に自分達の守護者を称えている。

「G。こっちだ」

ホームレスの一人がGに向かって手招きしている。

Gは、ホームレスの下に向かう。そこには、公衆DAKがあった。

公衆DAKは、道端においてある通信用のDAKのことだ。

だが基本的に治安のいいエリアにしか置いてなくこんな治安の悪いスラム街においてあることは極めて珍しい。
おそらくどこかのエリアの公衆DAKを拝借してきて更に無断で回線を繋げた違法公衆DAKだ。
まぁ、こんなことはこのストリートでは珍しくない。

生きるためになりふり構っていられないのだ、ここでは。

ホームレスがGにDAKの前を譲る。GがDAKを見る。

DAKのモニターに何が写っているかはGの巨体に阻まれて伺うことはできない。

会話が終わったのかGがDAKから離れた。

DAKのモニターにはすでに何も写っていない。

Gは、そのまま私の横を通り抜けマンホールに向かう。

「ちょっと何処に行くのよ」

無視されたようで癪に障る。声も自然ときつくなった。

Gは、そのまま無言でマンホールを降りていった。

「ちょっとあいつは、何処に行く気なのよ」

さっき手招きしていたホームレスを捕まえて問いただす。

「知らねえけどいつも通りなんじゃないかなぁ」

「いつも通り? 何それ?」

私は、あいつのいつもなんて知らないのだ。

当然のことのような口調で言わないで欲しいものだ。

「あの襲ってきた男の所属してた所だろ。やくざらしいから組事務所なんじゃねぇか。

いつものかわいいニューロが来てたし」

あんな男が好きな女もいるのか。変わった趣味の女もいるもんだ。

それは、置いといて私は、言葉を続ける。

「なんでそんなところに行くのよ?」

「Gは、仲間が襲われると必ずやり返す。それがあいつのルールだからさ」

「仲間? この私が?」

私は、思わずすっとんきょうな声で問い返す。

「Gにとってここに来た奴は誰でも仲間さ」

ホームレスは、尊敬の篭った声でそう言った。

「何よ、それ」

思わず声を荒げる。たまたまここに来た私を勝手に仲間扱いしてさらに仕返しまでしてくれる?そんなこと頼んでもいないのに。自分の始末は自分でつける。

このままだとあいつに借りを作るようで面白くない。

借りをつくるということは、私にとって相手の風下に立つことを意味する。

それだけは私の誇りが許さない。借りを作らず誰とでも対等でありたい。

命のやり取りを商売にしているからなおさらそう思う。

白刃が煌く下、弾丸が飛び交う中では、死に神は差別しない。

私が相手の借りを気にしたらそれだけで私の強運が揺らぎ死に神が寄って来るだろう。

だから借りは作らない。もしも作ってしまったら即座に返す。

それが私のルールだ。私は、自分のルールを守るためGの後を追いマンホールに向かった。



 マンホールの底は、まさに地の底だった。

一言で言い表すなら最悪。匂いは、最悪。視界も最悪。

足元は、ぬちゃぬちゃしていて一歩も歩きたくない。

ハイヒールで歩くと滑って転びそうだ。それもそのはず。ここは、下水道だ。

「G! いるんでしょ!」

大声でGを呼ぶ。私の声がこだまして下水道内に響き渡った。

私は、手で口元を押さえる。下水道内の匂いが口から入ってきて気持ち悪くなった。

水音を響かせながらこちらに誰か向かってくる。

見間違うことない巨体。暗闇でも輝きを失うことがない鋭い眼光。

Gが私の声を聞いてここで戻ってきたのだ。Gが私の前に立つ。

「ちょっと勝手に仕返しに行くなんてどういうつもりよ。

私に売られた喧嘩なんだから私が行くのが筋ってもんでしょう」

Gは、無言で私の言うことをちゃんと理解しているのかすらわからない。

「そういうことだから私も行くから」

Gは、私の言葉を聞き終えると背を向け再び歩き始めた。ついてこいということかしら?

「ちょっと!」

私は、Gを呼び止める。Gは、再び水音を立て私のところに戻ってきた。

「私にこんな所を歩けって言うの? 上から歩いていきましょう」

こんなところを歩いていたら敵のところまで行くまでにこっちの方が参ってしまう。

Gは、それを聞くと私の腰を掴んだ。

「ちょ、ちょっと何するのよ?」

私の文句を意に介さずGは、私を自分の肩に乗せ歩きだした。

なるほど。確かにこれなら私が歩く必要はない。

肩幅は、広く私が腰をかけるには十分な幅がある。

「案外、優しいのね。見かけによらず紳士なのかしら?」

肩に乗りながらGに話しかける。Gは、相変わらず無言で歩き続けている。

そういえば紳士もGで始まる単語だった。それっきり私は、口を閉じた。

何を話しても一言も返してこないG相手では、会話をする気も起こらない。

Gが下水の中を歩く音だけが響く。そういえばあの棺桶はどうしたんだろう?

私が気になってGの背後を見ると棺桶は下水に沈みながら引きずられていた。

もはやあきれるほかない。

Gが歩を止めた。上を仰ぎ見る。私も釣られて上を見る。

上には、マンホールの蓋がある。

Gは、私を下ろすと鎖を持って手すりを上っていった。

Gは、マンホールの蓋を押し上げ地上に出ると鎖に繋がれた棺桶を一気に地上へ引き上げた。

化け物じみた怪力だ。そのままGは,私を待つこともなく歩き始めた。

私は、慌てて手すりを上り地上に出る。

星明りの下、着ている白いドレスに点々とついている黒い染みを見て絶望的な気分になる。

このドレス高かったのに。クリーニングでこの汚れとれるだろうか?

ため息を一つついてGの後を追う。

「ここって・・・」

Gの後についていくとそこには私の見知った事務所があった。

河渡連合櫻井組。昨日、私が待っていた男が組長を努めている組だ。

「邪魔になったから捨てられたってことかしら?」

ま、それならそれでいい。やられた分だけやり返すだけだ。

私と縁を切りたいならただそう言えばよかったのに。

その勇気のなさが高くついたことを地獄で後悔してもらおう。

「行くわよ」 

Gにそう言うと私は、組事務所の扉を開けた。

「てめえはっ!」

中にいた人相のあまりよくない、はっきりいうなら悪人面の男達が私の姿を見て色めき立つ。

「組長、呼んでもらえるかしら? 私が会いに来たって」

「野郎ども、出入りだ。殺っちまえ!」

そう言うと男達は、慌ててドスだの拳銃だのを持ち出し始めた。

ま、そういう反応するならしかたない。私は、44オートマグを引き抜き連射する。

目についた男から適当に撃っていく。

44マグナム弾は、手であろうと足であろうと当てればその部分を引きちぎり相手を打ちのめす。
たとえ相手を殺せなくても無力化するとが可能だ。

私が仕事を始めたころ使っていたサタデーナイトスペシャルだとこうはいかない。

手や足にあたっても相手は、何ともなく心臓か頭に当たらない限り相手を殺すことはできなかった。
おかげでずいぶん危ない目にもあったものだ。

あっという間に弾を全部撃ち尽くす。その隙を狙って男達が撃ち返してくる。

私がステップを踏み銃弾を避ける前にGがその巨体に似合わぬ速さで私の前に立ちはだかる。

Gの目の前には、下水の汚れた雫を滴らせるあの棺桶。

銃弾は、蓋を穿つが中にあるコンクリートまで貫くことはできない。

「ありがと。助かったわ」

私は、棺桶とGという壁に守られて優々とマガジンを交換する。

そして私は、発砲音から相手の位置を推測すると44オートマグを横に向け乱射する。

跳弾を操ることが出来る私にとっては目の前に壁があろうも射線を邪魔されることはない。

銃爪を引くごとに次々と断末魔があがりその内ぱたっと止んだ。

全員倒したと思った私は、壁の後ろから出ると慣れた足取りで二階へと向かう階段に向かう。

別に油断していたわけじゃなかったが横合いからいきなりドスが突き出された。

不意をつかれ私は、避けることもできない。

わき腹にドスが刺さることを覚悟する。どうもドスとは、相性がよくないようだ。

きっと今日の星占いには、乙女座のバッドアイテムの欄にドスと書いてあるに違いない。

にゅっと伸びてきた大きな手がドスを掴む。そのままドスの刃が真ん中から真っ二つに折れる。

Gの手だ。その手は、止まることなくドスの持ち主の顔を掴む。

ご愁傷様。男がどうなるかは見なくともわかる。硬い何かが砕ける音が部屋の中に響き渡る。

Gは、殲滅GenocideのG。

Gは、仲間に手を出したものに容赦はしない。

それが何であれ殲滅するまで戦う。

そんなことを思い出しながらは、音のした方を見ないようにしながら二階に進む。

私の肩を誰かが掴む。見ればそれは、Gの大きな手だ。

「何よ?」

そのままGは、私の前に出て階段を上る。どうやら自分が先に行くと言いたかったらしい。

「ま、別にいいけどそれくらい言いなさいよ」

私は、Gに先を譲りその背中に文句をぶつける。

二階の階段を上りきったところでGが足を止め私を待つ。

「組長の部屋ならそこの突き当りよ」

私は、Gが何を聞きたいのか察して奥を指差す。

Gは、それを聞くと再び私の先に立って歩き出した。

Gは、組長の部屋の前に立つと棺桶を前面に立て勢いよく扉にぶつかりぶち破った。

扉が破られると同時に銃撃の音が連続して響く。

だが全ての弾丸は、Gの目の前に立てられた棺桶に弾かれる。

やっぱりあの棺桶を貫くにはロケットランチャーを持ってこない限り無理だろう。

私は、銃撃が止んだ所で部屋に入る。

組長の椅子に座っていたのは私の待ち人ではなかった。

確か若頭の藤井とかいう男だ。下心が見え見えの目で私を見ていたのを思い出す。

「こんばんは。若頭。私、櫻井組長に用があってきたんだけどどこにいるのかしら?」

皮肉をたっぷり込めて言ってやる。

まぁ、だいたいここにこいつが座っているということで何があったかは大体わかる。

「今は、俺が組長だ!」

「あら?あんたの器量で? 面白い冗談ね。それとも親殺しってわけ?

あの人があんたを組長にするわけないもんねぇ?

で、櫻井組長を殺った犯人を私にしたってわけ?」

河渡連合も一枚岩ではない。最近は、任侠というより経済やくざへと変わってきている。

前の組長の櫻井は、任侠という言葉がしっくりくる男だった。

仁義と筋をきっちり通す男だった、そういう男だから私も抱かれたしここからの仕事を引き受けていた。
顔の方も私好みだったのも大きかったが。

対してこの藤井というのは若頭を名乗っているもののこの櫻井組の生え抜きではない。

本家筋の音羽組から送られてきた男だ。ありていに言えば監視役だ。

そして今回、藤井が櫻井組長を殺し組長のなったことでこの組は、音羽組の言いなりになるという寸法だ。
藤井は、図星を指されたのか青ざめた顔になっている。

ああ、なんてくだらない事の真相(What’sWhat?)

私が櫻井を殺した理由は、大方、痴話喧嘩の果てに私が櫻井を殺したということにでもなっているのだろう。
今時、そんな脚本どんな三流脚本家でも書かないわよ。

本家からの依頼かもしれないが私にしてみればいい迷惑だ。

「さて、どうするの? あんたの親の仇が目の前にいるわよ?」

私は、意地悪く言って更に挑発するようににっこりと微笑んでやる。

藤井は、歯噛みしている。いい気味だ。

「私が怖くて手が出せない? いいわよ。ハンデをあげるわ。」

私は、くるりと藤井に背を向ける。

「さ、これでどう? いいハンデだとおもうけど?

早くその引き出しに入っている銃を撃ったらどう?

それともそんな度胸もないピーナッツ野郎なのかしら?」

「なめるな! “ミス・フォーチュン”!」

ああ、私のそのあだ名を知っている癖に勝負を挑んでくるなんてやはり馬鹿な男。

“ミス・フォーチュン”フェリシア・ロム。それが私の名前だ。

ジプシーの血を引く私は、占星術により最も幸運が得られる星の下に生まれるように組み合わされた父と母から生まれた。

そのため私には、親の苗字ではなく特別にジプシー達が自分達のことを指すロムという言葉を苗字として授けられた。
ニューロエイジに占星術なんて信じるのは馬鹿げてるとは今でも思うが私がゆるぎない強運の持ち主なのも事実だ。

自分に揺るぎない幸運を、相手に絶対的な不幸を与える女の殺し屋。

それが私だ。

故にあだ名が幸運の女(Miss Fortune)と不幸 (Misfortune)という相反する意味を持つミス・フォーチュン。

発砲音が響く。振り返る必要はない。

なぜなら今回の幸運は、すでに間近にいる。

金属と金属がぶつかる耳の中に響く鋭い音が私の背後で響く。

見るまでもない。Gの棺桶が銃弾から私を守ったのだ。

私は、44オートマグを横に向け銃爪を引く。

マグナム弾は、壁にぶつかり藤井の下に向かう。

悲鳴が私の耳に届く。私は、振り返り藤井を見る。

「あらあら、一発で死ねないなんて不幸な男」

私は、藤井を見ると思いっきり哀れんだ声と同情に満ちた顔で言ってやった。

マグナム弾が貫いたのは大腿部。出血の量からして動脈が傷ついているのだろう。

滝のように血が次から次へとあふれてくる。

藤井は、泣きそうな顔で必死に傷口を押さえている。

ま、この出血量では、十中八九助からない。無駄な努力という奴だ。

「で、一応、聞いておくけど櫻井組長は何処に行ったの?」

44オートマグを藤井の額に突きつけて尋ねる。

ま、彼は、十中八九生きてないと思うけど。

ただやはりはっきりさせておかないと寝覚めが悪い。

尋ねた理由はそれだけの理由だ。もうそれ以上の理由はないし必要もない

「お前の代わりにコンクリートを抱いて眠ってるだろうさ!

あの男は、お前のような売女を抱くよりコンクリートの方がいいってよ!」

こんな状況になりながらもこの男は悪態をついてくる。

藤井の悪態に私は、殺意が刺激されて思わず銃爪を引きかける。

なんとか思いとどまり藤井の額から44オートマグをはずす。

どうせこの傷では助からないのだ。せいぜい苦しんで死んでもらおう。

「あっそう。じゃ、私は、これで帰らせてもらうわ。せいぜい頑張ってね」

冷たくそう言うと私は、背を向け部屋から出る。

藤井が私に向けて思いっきり罵詈雑言を投げつけてくるが気にしない。

何を言おうともう負け犬の遠吠えだ。Gも私の後を付いてくる。

そろそろ死んでもいいはずなのだが藤井の罵詈雑言は止まる様子はない。

藤井の罵詈雑言の語彙はあきれるほど豊富だ。

いい加減、耳についてうるさい。あっさりとさっきの決意を翻し私は、肩越しに44オートマグを
無造作に後ろに向けると銃爪を引いた。

マグナム弾が壁に跳ね返る音の後、藤井の断末魔が私の耳に届いた。

分不相応の物を求めるからこうなるのだ。

別に求めてもいいが私をまきこんだのがあの男の間違いだった。

いや、不幸の始まりとでも言うべきなのかしら?

やっと私にとっての一日が終わる。

 

Gは、事務所から出ると来た時と同じようにマンホールに向かって歩き出す。

私は、マンホールまで向かうがGと一緒にあそこに帰るつもりはなかった。

「じゃあね。G。ここでお別れよ」

そう。Gとは、ここでお別れ。そう思うと何かたまらない衝動に駆られる。

寂しさ?それとも彼との別れがつらいから?

理由は、何でもいい。あとでゆっくり考えよう。

とりあえず今は、この感情と私を動かす衝動に素直に従うことにした。

何もしなくて後悔するよりやった後で後悔しよう。

その方が相手に何か残せる可能性があるから。

私は、Gの首に自分の腕を巻きつけGの首を私の顔の前に持ってくると唇と唇を合わせた。

名残を惜しむようにたっぷりと長い時間そうやって過ごす。

唇を離し私は、背を向けた。しばらくして背後でマンホールの蓋が閉まる音がする。

Gと私の進む道は違うのだ。

今回は、たまたま一緒の道を行くことになっただけだ。

次は、どうなるか、それは神のみぞ知る。

「神か・・・」

私は、今、口に出した単語が何の文字で始まるかを思い出し思わず笑う。

ああ、私は、なんと心強い味方を得ていたのだろう。

その存在がいるとされている場所を見上げれば数々の星が瞬いている。

この街の名を示すように星は、輝いている。この街の名は、トーキョーN◎VA。

私も今日は、あの星のように輝いていた。

だが明日は、闇夜に飲まれ輝きを失うかもしれない。

そういう街なのだ、この街は。

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