Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン9 兄弟喧嘩


 居間は、白房が吼える声だけが悲しく響いている。

吼えながらも白房は、仁之介の手から逃れようと必死にもがいていた。

「白房! てめぇ、大人しくしろ!」

腕を忙しく動かし白房を捕まえるのに苦労しながら仁之介が毒づく。

「そうよ。白ちゃん。大人しくしてくれないとお姉ちゃん悲しいわ」

悲しそうに茜が目元をぬぐう。

「いいから姉貴、手伝えや!」

突然、白房があきらめたように暴れるのをやめ大人しくなる。

「よし。やっとあきらめたか」

仁之介がほっと一息つく。白房は、その瞬間、あーんと大きな口を開ける。

口の中には、きれいに生え揃った鋭い牙がきらりと光る。

そして仁之介の手に遠慮なくがぶりと噛みつく。

「いってえ!」

悲鳴と共に仁之介が手を振り噛みついている白房を振り払う。

白房は、畳にどさっと落とされたがすぐ立ち上がり障子に向かって駆け出す。

「あの野郎! もう許さん!」

仁之介が怒声を居間中に響かせる。そして雄たけびのような咆哮を上げた。

(はくようき。まってて)

白房が息を切らせながら障子に向う。

子犬の白房にとっては、障子までの距離がとてつもなく遠く感じられる。

(あとちょっと)

白房の目前に玄関に続く障子が迫る。気ばかり焦り四本の足がもつれる。

その横を黒い影が弾丸のような速度で白房を追い抜いた。

白房が障子の前に立ちはだかる黒い影を見て立ち止まる。

墨を塗ったような漆黒の体毛を持つ黒い犬が白房の行く手を壁のように阻んでいた。

体格は、白房の二倍ほどありがっしりとしている。

鋭い牙を剥き出しに威嚇するように唸り声を上げる。

左眼の上に斜めに走っている傷跡が迫力を倍増させている。

(じ・・・じんのすけにいちゃん)

恐怖に後ずさりしながら白房が呟く。

「白房、ちょっとおいたがすぎたなぁ! おしおきの時間だ!」

黒い犬がどすのきいた声を居間中に響かせた。紛れも無く仁之介の声だった。

仁之介が白房に飛びかかる。白房が情けない声を上げて逃げ出す。

「ほーれ、ほれ。逃げろ。逃げろ。逃げねぇと食っちまうぞ」

仁之介がからかうように言いながら白房を追いかけ回す。

追いつこうと思えばいつでも追いつけるのだがわざと追っかけ回している。

更に意地悪く白房の尻尾を突っついたりする。

白房は、そんなこととわからず必死に逃げ回る。

どたどたと二匹の犬が机の周りを駆け回る。

茜は、慣れているのか動じることもなく湯飲みに両手を添えお茶を上品に飲みながら二匹の追いかけっこを眺めている。

「あの・・・止めなくてよろしいのですか?」

若葉が心配そうに茜に尋ねる。

「この程度の騒ぎなんて日常茶飯事ですよ。仁之介も半分遊びみたいなものです」

茜が若葉を安心させるように軽く微笑んで答える。

その様子には、長女の貫禄を感じさせる。仁之介がついに追いつき白房を組み伏せる。

そして器用に鼻先で白房をひっくり返し無防備な腹を前足で押さえつける。

「白房。お前の力なんてこんなもんだ。あいつを助けに行くなんてあきらめろ」

仁之介が白房に顔を近づけ勝ち誇るように言った。

(やだ! それにまだまけてない!)

白房が必死にもがき仁之介の足から逃れようとしている。

仁之介が無言で白房を押さえつける足に力を加える。

白房が腹を押さえつけられ苦しそうにあえぐ。

それでも白房は、あきらめず短い足をじたばたさせ仁之介を引っ掻こうとする。

仁之介が鋭い牙を光らせ白房ののどに噛みつく。

そのままひょいと持ち上げ白房を咥えたまま仁之介が茜の目の前にやってくる。

そして首を振り茜に向かってぽいっと放り投げる。

茜が白房を受け止め正座した膝の上に載せる。

仁之介が犬の姿から人間の姿に戻りあぐらをかいてどかっと座る。

「で、白房。お前は、どうなんだ?」

ぼりぼりと頭の後ろを掻きながら仁之介が白房に尋ねた。

白房が不思議そうに首をかしげる。

「お前は、あいつにほれてんのかって聞いてんだよ」

仁之介が白房の様子に苛立った様に早口で言った。

(ほれるってなに?)

白房が後ろ足で後頭部を掻きながら答える。仁之介がやれやれといった風に肩を落とす。

「要するにお前は、白耀姫が好きかどうかって聞いてんだ」

(すきだよ)

すぐに白房が仁之介をまっすぐ見て素直に答える。茜の表情が凍りついている。

動揺しているのか手に持っている湯飲みがわなわなと揺れている。

お茶は、飲み干してあるらしく一向に零れる気配は無い。

仁之介が面白そうに大口を開けて笑う。しばらくして笑い終わると口を開いた。

「姉貴。こりゃ駄目だ。あいつを助けに行かないとこいつ梃子でもここから動かんわ」

「許しません! 白ちゃんは、今すぐ連れて帰ります!」

茜が湯飲みを叩き付けるように机に置き白房を獲られないようにするためか

白房をぎゅっと抱きしめる。

「姉貴。元服前の小僧の癖に俺の手に噛みついてまで行こうとしたんだ。

その気持ちをどうかわかってやってくれ」

仁之介が畳に手をつき深々と頭を下げる。

「男には、どうしても行かなきゃならない時ってのがあるんだ。

白房は、今がその時なんだ。頼む。こいつに後悔させたまま隠れ里に連れ帰ったら兄貴や弟、妹に合わす顔がねぇ。
俺に免じて行かせてやってくれ」

仁之介が言い終えると居間が沈黙に包まれる。

しばらくして茜が諦めたようにため息をつく。

「わかりました」

仁之介ががばっと顔を上げる。白房がつぶらな瞳で茜を見つめる。

「姉貴、それじゃあ」

「但し条件があります」

茜の言葉に白房と仁之介が唾を飲む。

「条件?」

「まず私達も一緒に着いて行きます。そして助け終わったら隠れ里に一緒に帰ること。

それが条件です」

茜が白房を抱いたまますくっと立ち上がる。

(ぼくは、いいよ。ありがとう。あかねおねえちゃん)

白房は、茜の頬をうれしそうに舐める。

茜がくすぐったそうに微笑み白房の頭を撫でる。

「じゃ、早く追いかけようぜ」

仁之介が立ち上がり障子に向う。

「それでは、失礼します」

茜が丁寧に若葉に礼をした後、部屋から出ていく。

(わかばちゃん。いってきます)

「いってらっしゃい」

若葉が微笑み白房に手を振る。

二人と一匹が出て行った後、とたんに部屋が広くなったように感じられた。

「白ちゃんが帰っちゃうと寂しくなるわね」

若葉も立ち上がり部屋から出て行った。

白房が鼻を鳴らし頭を下げ石畳を進む。そして石段の手前で止まる。

(ここではくようきのにおいがきえてるよ)

振り返り仁之介と茜を見る。

仁之介が石段の下を覗き込む。

石段の下に白耀姫とマキシマム・揚の姿は無かった。

「いねえな。これからどうする?」

(どうしよう?)

仁之介と白房がすがるように茜の方を見る。

「恐らく転移の術を使ったのね。さて、どうやって追いかけましょうか」

うーんと小首をかしげ茜が考え込む。

「姉貴。確か転移の術使えたよな」

「使えるけどね。でも到達点の座標がわからないのに転移するのは力の無駄ね」

茜が何か思いついたようにぽんと手を打ち白房を抱き上げる。

(あかねおねえちゃん。なになに)

「白ちゃんは、彼女と縁が深いわ。そこで白ちゃんに導いてもらいましょう」

「どういうことだ? 俺にはさっぱりわからん」

仁之介がぼりぼりと後頭部を掻きながら尋ねる。

「つまり例えるなら私が車の運転手。白ちゃんが車の案内役ということよ。
白ちゃんは、彼女との縁を持っているはずだから強く願えば縁を辿って彼女の所に転移できるはずよ」

(ぼくやってみる)

「決まりね」

茜が白房を抱き上げ自分の額と白房の額を合わせる。

「白ちゃん、いい? 彼女の所に出られますようにって願うの。

そうすれば必ず上手く行くわ」

(うん、わかった)

茜が目を閉じる。そして精神を集中し白房の精神に同調し白耀姫の縁を探し出す。

茜が一本の細い糸のような白耀姫と白房を結ぶ縁を見つけ出す。

「見つけたわ」

茜が更に精神を深く集中し白耀姫がいる場所の風景を思い浮かべる。

仁之介、白房、茜の姿が陽炎のように揺らめき始めそのまま溶け込むように消えていった。


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