来栖は、一点の光も差さない漆黒の闇の中にいる。
「いったいここは何処だ?」
まさか地獄か? そんな思いがよぎる。天国ではなさそうだ。
「俺、何してたんだ?」
頭を抱え何をしていたのかゆっくりと思い出す。
「そうか。ハースニールに肩を刺されて死んだのか」
やれやれという風に肩をすくめため息をつく。
それから何かに気がついたように右肩を触り恐る恐る見てみる。
「傷がない」
不思議そうにぺたぺたと右肩を触る。
「死んだからか? 困ったな」
ということは今の自分は、幽霊なのだ。よく見れば自分の体は、うっすらと透き通っている。
「しょうがないな。お迎えが来るまで待つか」
地面に倒れこみ腕を枕にし目をつぶる。
そしてあれこれと現世への未練の思い浮かべる。
未練の数が両手の指で数え切れなくなったころ来栖の耳にしわがれた声が届く。
規則正しい韻律と神秘的な響きが来栖の心を染み渡っていく。
―詠唱―祈り―祝福―念じろ!
暖かな光が来栖の体を優しく包む。
そして光はそのまま闇を払い来栖を現世に導く。
ゆっくりと来栖が瞳を開ける。
まず目に飛び込んできたのは、不安そうなハースニールの顔だった。
「よう」
とりあえずハースニールに挨拶する。
ハースニールが嬉しそうな表情を見せ次の瞬間、恥かしそうに顔を俯かせしばらくして顔を上げた時には、怒っていた。
忙しい奴と来栖がのんきに思っているとハースニールが手を振り上げ思いっきり来栖の頬を打った。
気持ちいい打撃音が響く。来栖が叩かれ赤くなった頬を撫でる。
「いきなりご挨拶だな。痛いぞ」
来栖が不機嫌そうに口をへの字に曲げる。
「あなたは、大馬鹿です。自分の体を犠牲にする作戦を立ててしかも実行するなんて」
あきれた表情でハースニールが告げる。
「しょうがないだろ。あれしか作戦が思い浮かばなかった」
「カマイタチを防いだように占い師を盾にするという作戦もあったはずです」
「あれは、お前がカマイタチを放つのをやめて接近してくるという確信があったからやったんだ。
万が一にもじいさんが傷つくことはないからな。
だけど斬りあいで盾にしたら巻き込むだろう。だからあの方法しかなかったんだ。
まあ予想以上に痛くて死んだのは計算外だった」
言い終わると来栖が立ち上がりハースニールの横を通り過ぎる。
そして離れた所で杖を抱いて座っている占い師の元へ歩いて行く。
「じいさん。とりあえず生き返らせてくれて助かった。ありがとう。
ところでそろそろ帰りたいんだが現世に送ってくれないか?」
「剣はいいのか?」
占い師が来栖を見上げ尋ねる。
「ああ。剣を奪えなかったしハースニールも俺を認めてないようだ。
どうやら俺に騎士の資格はなかったようだ」
肩をすくめ来栖が答える。後ろから声がかけられる。
「貴方に資格がないと私は、言っていません」
来栖が振り向くとそこには、ハースニールが立っていた。
「どういうことだ?」
来栖が問いかけるとハースニールは、膝をつき捧げるように来栖に剣を差し出す。
「貴方をハースニールのマスターとして認めます」
来栖が呆然とハースニールが差し出す剣を眺めている。
「マスター? 剣をお取りください」
ハースニールが来栖を促す。言われて表情を戻し来栖が剣を受け取る。
そして剣を腰に帯びる。
「マスター。私は、いつも貴方と共にあります。忘れないで下さい」
微笑みハースニールの姿がゆっくりと消えていく。
「ありがとう。今後ともよろしく頼む」
来栖は、ハースニールがそこにいるかのように腰に帯びた剣に語りかけた。
「じいさん。そんじゃ現世に戻してくれるか。
騎士として倒さなければならない魔物がいるんだ」
「少し待つがよい」
占い師は、そう言うと目を閉じ杖を掲げる。
しわがれた声で規則正しい韻律と重々しい響きを紡ぎ出す。
淡い光とともに石畳に綺麗に折りたたまれた服が現れた。
光を反射しその生地は、虹色に輝いていた。
占い師の声が止むと光も収まった。
服の生地も光が納まると同時に本来の姿を来栖に見せた。
それは、一点の曇りも無い輝くような純白の服。
占い師が服を手に取り来栖に差し出す。
「受け取るがよい。お主の力になる筈じゃ」
来栖が服を受け取る。服を持った手が服から流れ込む力を感じ取る。
「ただの服じゃないことは俺にもわかる。じいさん。この服は、いったい何だ?」
「ローズ・ガーブ」
占い師がしわがれた声で重々しく告げる。
「ローズ・ガーブ! あの伝説の鎧か!」
来栖が興奮したように言った。
ローズ・ガーブがどのような物かは、ハースニールの記憶によって来栖は即座に理解した。
ローズ・ガーブ。それは、ハースニールの存在した時代の伝説の鎧。
別名、君主の装束と呼ばれるこの鎧は、様々な恩恵を装着した者に与える。
装着者の身体能力を最大限に引き出し虹を織り込んだとされる魔法の繊維は、
あらゆる攻撃を弾き返しその魔力により装着者の負った傷を癒すという。
「いいのか? じいさん。俺なんかにこんな貴重品を渡して?」
来栖が戸惑った口調で言った。
「よいのじゃ。武器も鎧も使う者がいてこそ価値があるのじゃ。
使われぬ武器など飾りも同然じゃ」
「わかった。ありがたく使わせてもらう」
来栖が宝物を貰った子供のようにうれしそうに笑った。
「さて、ではお主を現世に送ろう」
「ああ。頼む」
「強く願うがよい。お主の望んだ場所に実体化させよう」
占い師の言葉に来栖が目を閉じ精神を集中する。
占い師が呪文を紡ぎ始める。
その声を聞きながら来栖は、自分の行くべき場所を強く思い浮かべた。
シーン9 兄弟喧嘩に戻る
シーン11 カタナは、飛燕の如く紫電の如く舞うに進む
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