Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン10 スタイル〜思いをかなえるために〜

叢雲は、スラム街の廃ビルの最上階に伏せた状態でLR67を構えている。

すでに日は、暮れており体に当たる風は冷たい。

アズーリの立てた作戦は、次のようなものだった。

まず来栖が組織にネロの身柄を買ってくれるように取引を持ちかける。

次に取引現場にネロの相棒がいるか確認する。

ネロの相棒の名前は、ロッソといい全ての銃器の扱いに長けているという。

取引現場にでてくることも考えられるし狙撃によってネロを狙うかもしれない。

取引現場に出てきた場合は、鳳翔とアズーリが取引現場に突入し叢雲は、狙撃により二人を援護し取引現場を制圧する。

いなかった場合は、狙撃される前に叢雲がロッソを探し出し無力化し取引現場を制圧した後、鳳翔とアズーリとネロが狙撃場所に向かう。相手は、取引に応じこ の場所を指定してきた。

叢雲は、事前にロッソが使いそうな狙撃場所をパッキー達に探させた後にその狙撃場所と取引現場の両方を狙える場所を探させた。それがこの廃ビルだ。

標的を狙う狙撃手の位置を探り出し別な場所から狙撃するのをカウンタースナイプという。

叢雲にとっては、これで二度目のカウンタースナイプだ。

一度目の時は、トトからの依頼でアズーリと一緒に仕事をした時だ。

その時は、上手くこなした。今回も上手くいくはずだ。

叢雲は、自分にそう言い聞かせ辛抱強く狙撃手が現れるのを待つ。

すでに一時間もこうしている。叢雲は、IANUSでパッキー達に連絡を取る。

「パッキー、ラッツ、ボタ。何か変化はない?」

「ありません」

「ないよ」

「何もなし。帰ろうZE」

三匹の兎がそれぞれの答えを返してくる。

叢雲は、そのままIANUSで時間を確認する。そろそろ取引が始まる。

伏せた体勢のまま取引現場が狙撃できる位置にゆっくりと移動する。

移動し終え再び伏せたまま狙撃体勢を取る。スコープからの映像は、取引現場に立っている来栖とネロが映っている。
相手は、まだ現れていない。

叢雲は、その時聞き慣れた音を耳にした。それが銃声だと気がついた時には、遅かった。

次の瞬間叢雲は、わき腹に衝撃を感じた。

ロッソは、確かにパッキー達の探し出した狙撃場所に潜んでいたのだ。

卓越した隠密技術で叢雲の目から逃れていただけなのだ。

まもなく叢雲の意識は、途絶えた。



ネロが何かをとらえたように顔をあげた。

「どうした?」

来栖がネロの様子に気がつき尋ねた。

「銃声が聞こえました。来栖さんには、聞こえませんでしたか?」

「いいや。聞こえなかった。もし叢雲さんが撃ったなら連絡があるはずだ」

しかし来栖のポケットロンに着信はない。

「お前の聞き間違いじゃないか?」

「まさか。僕が銃声を聞き逃すと思いますか?」

確かに暗殺者の訓練を受けているとしたら知覚の強化訓練も受けているはずだ。

ネロは、常人よりはるかにすぐれた知覚を持っているに違いない。

銃声が叢雲が撃ったものでないとして考えられる可能性は、いったい何だ?

来栖が考え込む。そして最悪の結論が思い浮かぶ。

「さっきの銃声が叢雲さんが逆に撃たれたものだとしたら」

「その可能性はありますね」

「やばいな。どうする?」

すぐに来栖が取るべき行動を考え始める。だが考えがまとまるより早く取引相手がやってきた。
目の前に黒塗りのリムジンが止まった。
中から白人の男性とボディガード役らしい黒のコートに顔を黒い仮面で隠した男が出てくる。こちらへと近づいてくる。

「マエストロとフィオーレ・ネロだ」

ネロが小声で来栖に話しかける。

「最悪だ。称号付きかよ。あまり聞きたくないがフィオーレってどんな意味だ?」

「最高って意味」

「やっぱり聞くんじゃなかった・・・」

来栖が思わず天を仰ぎ顔を片手で顔を覆う。

頭の中でカーロスから聞いた情報とネロから聞いた情報を思い出す。

ネロの組織シンボロ・デ・ロッソは、暗殺者を教育するときに養成過程によってつけられる名前が違う。ネロが知っていたのは三つだけだった。

ロッソは、銃器による殺人術を、ネロは、刃物による殺人術を、そしてビアンコは、

ハッキングや運転技術など仲間を支援するために育てられる。

そしてカーロスから聞いた一部の腕利きには、称号が付くという情報もネロに確認したところ間違いではなかった。だとすればフィオーレ・ネロは、刃物の扱い に長けた組織でもトップクラスの暗殺者ということになる。

今のところ刃物を持っているようには、見えないがコートの下にでも隠しているのだろう。
来栖とネロから約十歩離れた所でマエストロとフィオーレ・ネロが立ち止まる。

「探偵の来栖さんですか?」

「そうです。あなたが取引相手の?」

「マエストロと言います」

来栖は、マエストロが偽名を名乗るかと思ったがネロから聞いたのと同じ名前を名乗ったのを意外に思った。その意味について即座に思いつく。

偽名を使う必要がないのは、俺達を生かして帰すつもりはないということか。

そう考えると納得できる。

「確かにそこにいるのはネロ君ですね」

ネロを見てマエストロが人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「そちらの要求は?」

「伝えた通りだ。2プラチナムだ。持ってきたのか」

マエストロがスーツの内ポケットからプリペイドカードを取り出す。

「こちらにあります」

「それをこちらに投げてもらおうか」

「その前に提案があります」

相変わらず人を馬鹿にしたような笑みを浮かべながらマエストロが言った。

「提案?」

「私は、組織のことを調べ上げ接触してきたあなたのことを高く評価しています。

どうでしょう? 私の組織に来ませんか? この2プラチナムは、契約金ということで。

あなたならすぐにでも組織の重要なポストをお任せします。どうでしょう?」

「悪いな。探偵って仕事が気に入ってるんだ。今回は、たまたま金に困ってただけさ。

だから一番高く買ってくれそうなあんた達に連絡を取ったんだ。勘違いしないでくれ」

平然と嘘をつきながら来栖は、思う。危険手当1シルバーは、絶対安すぎた。

1シルバーでここまで危険な橋を渡る探偵は、N◎VAの中でも絶滅寸前の希少動物くらいの数しかいないに違いない。
しかもその内の一人が自分だとは。

来栖は、いつものように心の中で神と悪魔を罵る。いるなら俺に幸せを運んできやがれと。

これだけの罵っても幸せにならないところをみると災厄によってどちらも絶滅したに違いない。来栖は、そう決めつけた。

「そうですか。残念です」

全然残念そうに聞こえない口調でマエストロが答える。

その瞬間フィオーレ・ネロの姿が消える。次に現れた時には、来栖の背後にいた。

来栖が振り返るより早くフィオーレ・ネロは、右腕前腕から飛び出した高速振動ブレード・スラッシャーを来栖の心臓に突き刺した。



 鳳翔とアズーリは、ネロのIANUSからの連絡を聞き現場へと急いだ。

ムラマサが吼え疾走する。事態は、はっきり言って最悪だ。叢雲とは、連絡がつかない。

鳳翔が乱暴にハンドルのスイッチを押し込みターボユニットを起動する。

ムラマサのエンジンがさらに暴力的な咆哮を上げる。

「くそっ! いつもより加速が遅い!」

鳳翔が思わず毒づく。

後ろに乗っているアズーリの体重が負担となりいつもの速度が出せないのだ。

「風ぇ!」

鳳翔が力を込め叫ぶ。ムラマサの周囲に風が渦巻きマシンを更に加速する。

コーナーも減速せずに突っ込んでいく。

「曲がれぇ!」

周囲を渦巻いている風がダウンフォースを発生させ限界速度以上でコーナーに突っ込んだ

転倒寸前でムラマサを支える。そのままコーナーをクリア。

目の前に来栖とネロの姿が見える。

「見えた! もうすぐ出番だ! 起きてるか! アズーリ!」

「ああ」

「派手に行くぜ! しっかり捕まってろ!」

次の瞬間来栖の背に男が現れ来栖の背中に剣を突き刺す。

それを見て鳳翔の怒りに火がつく。

「野郎! ぶっ殺す!」

「落ち着け。俺達の仕事は、ネロを助け出すことだ」

来栖の姿を見てもアズーリは、淡々と言った。

「ふざけんな! 仲間を殺されて引き下がれるか!」

「冷静になれ。ここでお前が感情に流されると全て失敗する。来栖の犠牲も叢雲の犠牲も無駄になる。
ネロの願いを適えてやることもできなくなる」

アズーリが抑えるように鳳翔の肩に手を置き重々しい声で言った。

すでにアズーリは、最悪の状況を覚悟しているようだ。

その声とアズーリの手の重みが鳳翔の怒りを冷ました。

「そうだったな」

鳳翔がネロめがけて突っ込む。

来栖の背中からスラッシャーを引き抜いたフィオーレ・ネロが鳳翔に跳びかかる。

「甘いぜ! 風よ! あいつを思いっきりぶん殴れ!」

ムラマサの周囲を渦巻いていた風が衝撃波となって襲いかかる。

フィオーレ・ネロが空中で殴られたように吹き飛ばされる。そのまま鳳翔は、直進する。

激突の寸前、巧みなハンドルワークで進路をネロの右に取る。

次の瞬間、アズーリがネロを掴みムラマサの上に引っ張り上げる。

「上手くいった」

「よっしゃ! 次は、どうする!」

アズーリの声に鳳翔が歓喜の声を上げる。

「恐らくロッソは、狙撃してくるはずだ」

「それで!」

「俺が狙撃から守る。狙撃場所を見極めてそこへ向かってくれ」

「守るって・・・お前クリスタルウォール持ってきてねぇじゃねぇか!」

「問題ない」

アズーリが首に巻いていた青いロングマフラーを右手に握る。マフラーが風になびく。

「これが俺の盾になる」



ムラマサが疾風のように現場から去ってから地面に倒れていたフィオーレ・ネロは、立ち上がった。
マエストロが相変わらず人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ鳳翔達が去っていった方向を見る。

「まだあんな伏兵がいたとは、少々油断しましたね」

マエストロは、自嘲気味に呟いた。フィオーレ・ネロが隣に戻ってくる。

「まあ、多少ゲームが面白くなっただけです」

マエストロがリムジンに向かう。フィオーレ・ネロも主人に従いリムジンに向かう。

「ちょっと待てよ」

リムジンに向かう二人の背中に声が投げかけられる。

「人の服に穴を開けといてそのまま帰るなよ。洋服代、請求させてもらうぜ」

そこには、死んだはずの来栖が立っていた。

心臓の部分には、剣が突き刺さっていたことを証明するように服に穴が空いている。

「驚きました。死んだはずじゃなかったのですか?」

大仰な手振りとは裏腹にマエストロの口調の方は、さして驚いている感じではなかった。

「残念ながら俺は、そう簡単に死ねないのさ。やっかいな神様の加護とやっかいな魔剣の呪いのおかげでね」

トーキョーN◎VAに来るまで来栖は、厄介なトラブルに巻き込まれ続けた。

そのたびに死ぬような目に会い何度かは、本当に死んだ。

そのたびにすぐに生き返り再び事件の解決に奔走した。

死なない理由についてわかったのは、トーキョーN◎VAについてからだ。

探偵事務所を開いてすぐに剣をくれた占い師が何処からともなく現れた。

その時に来栖は、疑問に思っていた自分が死なない理由について尋ねた。

占い師の答えは、神の加護と剣の呪いということだった。

剣は、主が剣に誓った願いをかなえるまで死なせない呪いがかかっており鞘には、

神の加護があり鞘の主を死から遠ざける力を持っているというのだ。

眉唾ものの話と来栖は、笑い飛ばしたかったが今まで何度も生き返ったことを考えると笑い飛ばすことはできなかった。
そして占い師は、剣を呼び出す言葉を来栖に教えると煙のように消え去った。
それ以後来栖は、ことあるごとに神と悪魔を罵るようになった。

「何をわけのわからないことを言っているのですか? フィオーレ・ネロ君。

彼をもう一度殺しなさい。それで君の今日の仕事は、終了です」

学校の教師のように告げるとマエストロは、リムジンに乗り込む。

マエストロは、窓を開き来栖を馬鹿にしたように言った。

「洋服の請求代については、もし彼と戦って死ななかったらまた連絡してください。

その時お支払いいたします」

「忘れるなよ。必ず払ってもらうからな」

来栖の返事する前にマエストロは、窓を閉めると同時にリムジンが走り出す

リムジンが走り出した後、来栖とフィオーレ・ネロが向き合う。来栖が朗々と声を上げる。

「汝は、運命より全てを守る我が盾。汝は、運命を全て断ち切る我が剣」

来栖が天に右手を掲げる。

「我は、汝の全ての力を欲す。我が手へ疾く来たれ!」

掲げた右手に柄にダイアモンドがはまった剣が現れ腰には、飾りのついた鞘が現れる。

来栖が現れた剣を構える。

「さて、やるか。言っとくが俺は、お前のような奴を相手にするのは、得意なんだ」

再びフィオーレ・ネロの姿が消える。来栖が慌てることなく冷静に言う。

「神経加速と卓越した運動能力によって一瞬で相手の死角に入り込む。

そして一撃で相手を殺す」

フィオーレ・ネロが来栖の背中に現れる。

「残念ながら俺の首を刎ねるには、まだレベルが足りねぇぜ!」

フィオーレ・ネロが来栖の心臓めがけてスラッシャーが襲いかかる。

突然スラッシャーの剣先が不可視の壁にぶつかったように進まなくなる。

来栖が振り向きざまに剣を振るう。

フィオーレ・ネロが飛びのいて剣をかわし再び距離をとる。

「マスター・ニンジャクラスの腕前ってところか。多少てこずりそうだな。

ニンジャクラスなら今ので終わってるんだがな」

来栖は、剣を青眼に構える。

「先手取らせてもらうか。後手に回るとやっかいだ」

来栖が間合いをつめ上段から剣を振り下ろす。

フィオーレ・ネロは、後方に飛び振り下ろされた剣から逃れる。

来栖は、突進すると横薙ぎに剣を振るい首筋を狙う。フィオーレ・ネロの姿が消える。

「下? いいや上だっ!」

来栖の言葉通りフィオーレ・ネロは、上空に跳躍して剣をかわしたのだ。

フィオーレ・ネロは、スラッシャーを構え来栖の首を狙うそぶりをみせた。

来栖も素早く反応し剣で受け止める構えをとる。

フィオーレ・ネロが来栖を見て鮫のように笑う。

左腕前腕より新たなスラッシャーが飛び出す。

そのまま左腕のスラッシャーが来栖の首を狩るため襲いかかる。

来栖が左腕のスラッシャーに気がついた時には、すでに手遅れだった。

スラッシャーが首の目前に迫っていた。

「やべぇ!」

来栖が思わず叫びを上げ目前に迫った死を覚悟する。

首の目前で再びスラッシャーが不可視の壁に阻まれる。

フィオーレ・ネロは、予想していたのか力を込め不可視の壁を突破する。

その一瞬の時差を利用し来栖が身をかわす。スラッシャーが首筋を掠めていく。

「・・・危うく首刎ねられるところだった。まったくこれだからニンジャって奴は・・・」

文字通り首の皮一枚でスラッシャーをかわした来栖が呟く。

スラッシャーが掠めた首筋を手で触れる。出血しているようだが深い傷ではない。

フィオーレ・ネロが再び姿を消す。今までと違いすぐに背中には、現れない。

闇と同化したかのように完全に姿を消した。

来栖が辺りを見回す。完全にフィオーレ・ネロを見失った。

「逃げたってわけじゃなさそうだな。俺が油断したところを襲いかかるつもりか。

あとは、俺がプレッッシャーに負けるのを待っているってわけか」

来栖が剣を青眼に構え直しいつ襲われても対応できるように準備する。

一秒が一分に感じられるほどの緊張を強いられながら来栖は、敵を待つ。

探偵という職業のおかげで待つのには、慣れている。

それに自分の記憶には、剣より伝えられた戦いの記憶が刻み込まれている。

剣が伝えてきた迷宮での戦いではこの程度の緊張は、まだ序の口だ。

体だけではなく心や精神、魂まで恐怖に押し潰されそうになるのを耐えながら戦うのがあの迷宮での戦いだ。
この戦い程度の恐怖に屈することはない。ふと視線を上げる。

月がきれいな円を描いていた。

来栖は、一瞬だけ戦っていることを忘れ過去のことを思い出す。一瞬、月に影がよぎる。

「見つけたぜ」

来栖が影に向かって跳躍する。影と影が空中で交差する。

そして一つの影が地上に降り立ちもう一つの影は、地上に落ちた。

地上に降り立った影は、来栖だった。

「ありがとう。アリーシア。おかげで助かったよ」

来栖は、もう二度と会うことがない者へ礼を告げた。

彼女がそこにいるかのように月を見上げながら。



 叢雲のIANUSが叢雲の身に起った異変に対応すべく活動を開始した。

(主人格KUUの意識消失を確認。再覚醒まで三分三十秒の見込み。)

続けて身体の状況を確認する。

(著しい出血を確認。死に至る可能性大と認める。)

IANUSが生命の危機を確認し取るべき手段を設定通り行う。

(副人格SORAを覚醒。

事態の収拾のため三分三十秒の間、主人格としての行動を承認する。)

叢雲の意識が覚醒する。

「痛ッ」

撃たれたわき腹の痛みにうめき声を上げる。即座にIANUSに命じて痛覚をカットする。

「またあの子がドジったのね。おかげでまた私が苦労する」

空(SORA)は、痛みが消えたのか早口で空(KUU)への文句を言った。

空は、IANUSで現在の状況と自分の役割を確認した。

「パッキー、ボタ、ラッツ。集合!」

空は、ポケットロンを取り出し三匹の兎を呼び出す。

あたふたと三匹の兎がポケットロンの画面に現れ一列に並び敬礼する。

「パッキー、ボタ、ラッツ、命令により参上しました!」

「ご苦労。今回、私に許された時間は、残り約三分だ。速やかに行動を開始する。ボタ。

コマンドポストに通信しろ。火力支援を要請する」

ボタが一歩前に出て敬礼する。

「イエス・マム。弾の種類は?」

「アルテミスの弓だ。ただし敵を殺さない威力に設定しろ。

他の物には、どれほどの被害がでようと構わん」

「お待ちください。マム」

パッキーが慌てて口を挟む。

「私に残された時間は少ない。パッキー。手短に言え」

「イエス・マム。そのやり方では、周りに与える被害が甚大になります」

空は、その言葉に軽く笑う。

「廃墟にいくら被害がでようと誰も気にしない。今回の仕事が敵の殲滅ならばこの廃墟をクレーターに変えてやるところだ」

「その着弾地点に空様の仲間が向かっているのです。着弾時間にちょうど現場周辺に到着します。

アルテミスの弓の着弾範囲に巻き込まれるのではないかと推察します」

空がため息をつく。

「本当にあの子は、厄介事しか私に押しつけないわね。

まったくたまには、いい役目を譲って欲しいわ」

空がため息と共に文句を言う。言い終わり三匹の兎に毅然とした態度で命令を下す

「ボタ。火力支援の要請は、中止だ。ラッツ。現在の私の状況を仲間とやらに伝えてやれ。

但し私のことは、秘密にするように。

パッキー。私が死なないように腕利きの医療チームを手配しろ。

私が眠った後のあの子への説明も任せる」

「イエス・マム。敵の無力化は、どうしますか?」

「私自身でやる。ボタ。偵察衛星をハッキングしろ。敵の位置の探し出せ。二秒でやれ。

残された私の時間を無駄にするな。急げ」

「イエス・マム!」

三匹の兎が敬礼の後走り去っていく。

空は、LR67を構えると伏せる。IANUSにボタからの連絡が入る。

「マム! 発見しました。500m先のビルにいます」

ボタの報告を聞いて空が形のいい眉をひそめる。

「ナンバーテンね。この銃の有効射程外じゃない」

「どうしますか? マム。やはりコマンドポストに火力支援を要求しますか?」

「必要ない。足りない分は、腕で補う。よく言うわよね。

優れた戦車兵は、優れた兵器に勝るって」

「イエス・マム」

ボタが尊敬に満ちた声で答える。その声を聞き空が微笑む。

「じゃあ私が優れた狙撃手は、優れた銃に勝るって証明してあげる。ボタ。

映像をスコープに回せ」

「イエス・マム」

ボタが敬礼すると即座に映像が送られてきた。

空がIANUSで時間を確認する。残り時間三十秒。一発で決めなければならない。

IANUSで即座に自然現象による弾道への影響を計算。

そして自分の実戦経験から狙いを修正する。スコープの中の標的を捉える。

標的は、伏せた状態で地上に向かって狙撃している。

こちらを警戒している様子はない。

狙撃手を無力化する方法は、狙撃手である自分がよく知っている。

銃爪を引き絞る。銃声と共に弾丸が加速し標的に向かって放たれる。

計算通りの軌道で弾丸は、標的に向かっていく。弾丸の命中を確認。

弾丸は、見事に相手の銃だけを破壊した。

銃がなければどんなに優れた狙撃手でも狙撃することはできない。

「お見事な腕です。マム」

「ありがとう。私の仕事は、これで終わり。そろそろ時間だ」

「今度会う時を楽しみにしています」

「私もよ。ボタ。パッキーとラッツにもよろしく伝えといて。後、あの子をよろしく」

空が妹を気遣う姉のように優しく言った。

「イエス・マム。我々の力の及ぶ限り」

ボタがIANUSの画面の中から空に向かって教科書の見本のような見事な敬礼する。

「ありがとう。じゃあね。おやすみ」

空が目を閉じる。二秒後再び目を開ける。

「あれ? ボタ。いったいボクどうなったの?」

「ああ、ええと、そのことについては、後ほどパッキーから説明します。

とりあえず仕事は、完了しました」

「そう。よかった」

安心したように叢雲が目を閉じる。空からヘリのローターが風を切る音が響いてくる。

ヘリの下面にシルバーレスキューの文字が見える。N◎VAで最大の保険会社だ。

大学病院と提携しており戦いのさなかでも契約者をいち早く病院へ連れて行ってくれる。

ヘリは、ホバリングし廃ビルの上に留まる。

ヘリからロープが下ろされ中よりレスキュー隊員がビル最上階に降下。

叢雲を確認するとロープで引っ張り上げ大学病院へと運んだ。



 アズーリが青いマフラーを振るい銃弾を弾く。これで二発目だ。

「見つけたか?」

「見つかんねぇ!」

アズーリの声に鳳翔が大声で答える。大声でないとムラマサの咆哮にかき消されてしまう。

「弾道から予測するとビルの最上階から撃ち下ろしてきている」

「ビルだらけでわかんねぇよ! どのビルだ!」

アズーリは、答えず次の弾丸に備える。

ムラマサのハンドルの真ん中にある後部警戒モニターに突然兎が現れる。

「Y◎! カウボーイ! ちょっと聞きな」

「やかましい!」

鳳翔は、迷彩服姿の兎の言葉を全て聞かず後部警戒モニターのスイッチをOFFにする。

「ちょっと待TE! カウボーイ! 話を聞かないと後悔・・・」

モニターがブラックアウトし兎の姿が消える。

「この忙しい時にいたずらなんかに付き合ってられるか!」

「今の兎は、叢雲の連絡用バディだ」

後ろから鳳翔の様子を見ていたアズーリが言った。

「いたずらじゃなかったのか。紛らわしい真似しやがって」

鳳翔が後部警戒モニターのスイッチを再びONにする。

「おじさん。もう少し落ち着いたら?」

ネロが後ろから鳳翔の欠点を的確に指摘する。

「そうだZE! カウボーイ! 落ち着きのない奴から戦場じゃ死ぬZE」

再び後部警戒モニターに現れた迷彩服姿の兎が同意する。

「お前は、確かラッツだったな。用件を言え」

アズーリが兎に向かって話しかける。

「Y◎! ミスターボディガード! いつもウチの小娘が世話になってるNA。感謝するZE。

今から用件を言うから耳かっぽじって聞KE。えーと。メモ何処DA?」

ラッツが迷彩服のあちこちを探し始める。

ズボンの後ろポケットからようやくメモを取り出す。

「まずウチの小娘は、怪我したが無事DA。もうすぐ狙撃手を無力化するから安心しR◎」

「用件は、それだけか?」

「これだけDA。カウボーイ」

「じゃあ、とっとと消えろ。邪魔だ!」

鳳翔が後部警戒モニターのスイッチに指を伸ばす。アズーリが鳳翔を止める。

「鳳翔巡査。ちょっと待ってくれ。ラッツ。叢雲は、狙撃手を見つけているのか?」

「ボタが見つけてるはずだZE」

「こちらにも狙撃手の位置を送ってくれ」

「他ならぬアンタの頼みDA。ちょっと待ってR◎。ボタに今から聞いてみる」

ラッツは、迷彩服からポケットロンを取り出した。

二秒間話すとポケットロンを迷彩服の中に戻した。

「今から地図送るから待ってろだってY◎。じゃ、俺は、帰るZE」

ラッツがモニターから姿を消し変わりに地図が現れる。

赤い点が狙撃手の位置を現しているらしい。

「けっこう近いな。二秒でつくぜ」

言うが早いか鳳翔は、ムラマサのスピードを上げる。

何度かコーナーを曲がりビルの前でフルブレーキをかけ停車する。

アスファルトにタイヤの跡がくっきりと残る。

「ついたぜ。どうした? 坊主」

アズーリは、平然とムラマサから降りたがネロは、青い顔をしている。

アズーリが手を貸しようやくムラマサから降りる。

鳳翔がムラマサの後部に積んであったショットガンを手にとりクリスタルウォールをアズーリに向かって投げる。

「使えよ。あんたが持ってた方がよさそうだ」

「借りておこう」

アズーリがクリスタルウォールを展開し構える。

「行くぞ。坊主。気合いれろよ」

鳳翔の言葉にネロが頷く。

アズーリを先頭にネロが続き鳳翔が最後尾につきビルに突入していく。

アズーリは、警戒しつつ階段をのぼっていく。そしてついに屋上にたどり着く。

そこには、誰の姿もなく銃弾によって壊れたスナイパーライフルだけがあった。

「逃げたのか?」

鳳翔が構えていたショットガンを下ろし呟く。鳳翔の背後から銃声が響く。

だがいつの間にか鳳翔の傍に駆け寄ったアズーリがクリスタルウォールで銃弾を弾く。

「ロッソ!」

銃弾の射手を確認しネロが声を上げる。

そこには、赤い仮面に顔を隠した少女が拳銃を構え立っていた。

「助けにきたんだ。一緒に組織から逃げよう」

ロッソは、ネロの言葉にも反応せず無言で銃爪を引く。

銃弾は、ネロに向かって放たれたがアズーリが全て弾き落とす。

「君のおかげで僕は、助かった。今度は、僕が君を助ける番だ。

僕が君を守る。だから一緒に逃げよう」

「逃げてどうなるの? 私には、何もないのよ。

名前も記憶もこの世界に存在すら認められてないのよ」

ロッソがまったく感情を感じさせない声で答える。

「僕がいる。僕も名前も記憶もこの世界に存在を認められていない。

でも僕には、君がいた。君が僕のことを覚えていてくれる。君が僕の存在を認めてくれる。
そして僕が君のことを覚えている。僕が君の存在を認める。

だから僕だけ逃げても意味がないんだ。君と一緒じゃないと」

「どうして?」

ロッソの声にわずかに悲しみの感情がこもる。

「だって君と僕は、今まで一緒に生きてきたじゃないか。これからだって一緒さ」

「やっぱり・・・あなた失敗作ね」

ロッソがネロの心臓に狙いをつける。銃爪に指をかける。

だがロッソの指が銃爪を引くことはなかった。

「でもあなたを殺せない私も・・・失敗作ね」

ロッソが銃を自分のこめかみに当てる。そしてネロに微笑む。

「あなたは、私の分まで生きて。私は、自分で自分を処理するわ。

あなたを追う者は、いなくなる。あなたは、もう自由よ」

ロッソが銃爪を引く。銃声が響く。だが銃弾がロッソの命を砕くことはなかった。

「その運命に抗わせてもらう」

アズーリの青いマフラーがロッソの右腕に巻きつき銃口を天井に向けさせていた。

「スクデット・・・」

ロッソとネロが同時に呟く。

「ネロは、君と生きていく運命を選んだ。君は、どうする?」

アズーリがロッソに問いかける。ロッソは、迷っているのか無言のままだ。

「じれってぇなあ! とっととどうするか決めろ!」

「鳳翔巡査」

アズーリが咎めるように鳳翔の名を呼んだ。構わず鳳翔が続ける。

「迷うってことは、もう死ぬつもりはねぇってことだろうが!

答えは、でてるじゃねぇか!」

鳳翔が乱暴な口調で言った。

言っていることは、無茶苦茶だがロッソを助けたいという気持ちが伝わってくる。

ロッソが空いた左手で仮面を外す。

仮面の下にあったのは、切れ長の瞳が印象的な少女の顔だった。

「私・・・ネロと一緒に生きるわ」

その言葉にネロがロッソの元に駆け寄る。

アズーリは、マフラーを首に戻し後ろにいる鳳翔に話しかける。

「鳳翔巡査」

「何だ?」

鳳翔は、使うことがなかったショットガンを肩に担ぐように持つ。

そして懐からたばこを取り出し吸い始めた。

「感謝する」

「市民を助けるのは、警官の義務だ。感謝されることじゃねぇよ」

鳳翔は、ネロとロッソの幸せそうな様子を見ながらぶっきらぼうな口調で言った。

鳳翔とアズーリは、しばらく二人の様子を眺めていた。

「鳳翔巡査」

「ああ。わかってる」

アズーリの声に鳳翔が応じる。たばこを吐き捨てるとショットガンを構える。

「ガキども! こっちに来い!」

鳳翔の声にネロとロッソがアズーリの後ろに隠れる。

闇を切り裂くように銃声が響きアズーリがクリスタルウォールで銃弾を弾く。

鳳翔が銃声のした方へショットガンを発砲。銃弾がビルの壁に当たり火花を散らす。

火花が起こした光が一瞬だけ敵の姿を照らす。

「グランデ・ロッソ!」

敵の姿を見てロッソとネロが恐怖に満ちた声で叫ぶ。

姿は見えないがグランデ・ロッソが発する殺気で気温が一・二度下がったように感じられる。

ネロとロッソは、殺気に凍りついたように震えている。

「鳳翔巡査」

アズーリがいつ襲われてもいいように警戒しつつ鳳翔に呼びかける。

「何だ?」

鳳翔も即座に撃てるようにショットガンを構えながら答える。

「二人を連れて逃げてくれ。カンピオーネのトトという男に頼めば二人の後のことは、

取り計らってくれる」

「あんたは?」

「ここでグランデ・ロッソを食い止める」

「わかった。行くぞ。二人とも」

鳳翔は、ショットガンを投げ捨てると二人を小脇に抱え屋上の淵に走っていく。

そしてためらうことなく飛び降りる。

悲鳴に混じって鳳翔が風を呼ぶ声が響く。



アズーリは、苦笑し右手にマフラーを持った。

マフラーが槍に変わる。銃声が響く。

アズーリは、クリスタルウォールで銃弾を弾くと銃声のした方向へ走る。

IANUSに命じて神経加速装置・タイプDを起動させる。

アズーリがグランデ・ロッソの姿を捉える。グランデ・ロッソは、ロッソと同じ赤い仮面を付け両手に
オートマチックピストル・MP12を構えている。

グランデ・ロッソもアズーリの姿を捉え両手のMP12の銃爪を引く。

絶え間なく銃弾がアズーリを襲う。

アズーリもクリスタルウォールで銃弾を弾くが全ては、弾ききれず銃弾が体に着弾する。

皮膚装甲と鍛え上げられた体が銃弾の侵入を阻む。

銃弾は、体の内部に侵入することができず皮膚装甲を削っただけだった。

アズーリは、動きを止めずにグランデ・アズーリを間合いに捕える。

青い槍が鋭く風を切りグランデ・ロッソを貫く。

グランデ・ロッソは、紙一重で槍をかわすと間合いを更に詰める。

MP12の銃口を突き刺すようにアズーリの左肩に当てる。銃爪が引かれる。

アズーリの左肩が銃弾によって砕かれる。

アズーリが衝撃で左手に持っていたクリスタルウォールを落とす。

グランデ・ロッソは、続けて右手の銃をアズーリの心臓に向かって突き出す。

アズーリは、身を沈めてかわしグランデ・ロッソに足払いをかける。

グランデ・ロッソが後方に跳び足払いをかわすと銃弾の雨をアズーリに降らせる。

槍に変わっていたマフラーが一瞬で形を元に戻し銃弾の雨を防ぐ。

だが銃弾の雨は、マフラーの隙間から次々と滑り込み皮膚装甲と鍛え上げられた体を蹂躙する。
グランデ・ロッソが地面に降り立つと空になったマガジンを交換する。

アズーリもゆっくりと立ち上がる。

「グランデ・ロッソ・・・。偉大なる真紅の暗殺者か」

アズーリが血で赤く染まった自分のコートを見て呟く。

「俺は、名誉の盾にして青き守護者。そして・・・運命に抗うファンタジスタだ」

アズーリが右手に持った唯一赤く染まっていない青いロングマフラーを見つめ呟く。

再びグランデ・ロッソが両手の銃をアズーリに向ける。銃爪が引かれる。

銃声が死を告げる烏の鳴き声のように響きわたる。

アズーリは、目前に迫った死を告げる銃弾を青い瞳で見すえる。

「逃れられない死の運命に抗うために・・・ファンタジスタの魔法がある」

ファンタジスタ。イタリア語で閃きを備える者を意味する言葉。

そしてそれは、見えざる運命を変える魔法を使う者の事でもある。

銃弾の雨がアズーリに向かって降り注ぐ。

「Io non mi fermo!」

アズーリが言葉を周囲に響かせる。銃弾がアズーリに当たることなく空中で塵と化す。

銃弾に留まることもなくグランデ・ロッソの両手に持ったMP12も塵となる。

ゆっくりとビルの壁が崩れ始める。

グランデ・ロッソが異変に気がつき屋上の淵に向かって走り始める。

アズーリがマフラーを振るいグランデ・ロッソの右足をからめとる。

「悪いがこの運命に付き合ってもらおう」

ビルは、崩壊し二人の姿は、瓦礫に飲み込まれていった。

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