Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン5 猟犬の帰還と委員長の受難

かつての猟犬は、犯罪者達を上回るほどの暴力的手段を用いてでも事件を解決することで有名だった。

だがN◎VA軍の進駐と組織の再編と綱紀粛正によりその暴力的な体質は、鳴りを潜めた。

「あかり・クライファート巡査。機動捜査課、千早課長がお呼びです。

ただちに出頭してください」

オペレーターの声が基地内に響く。あかりは、顕微鏡から顔を離すと傍らに置いてあった

めがねをかけ椅子から立ち上がり機動捜査課に向かうべく鑑識課を出た。

あかりは、このブラックハウンドに勤める警官である。

専門は、犯罪者のプロファイリングと鑑識および科学捜査である。

本来は、機動捜査課の所属なのだが鑑識の腕を買われて鑑識課にも借り出される忙しい

毎日を送っている。

その鋭い観察眼は、過去にいくつもの重要な遺留品を発見し時に姿の見えない犯人の心理を暴いてきた。

鋭い観察眼と関係なく視力は、悪くめがねを愛用している。

落ち着いた風貌と警官らしい真面目で融通がきかない性格から陰では、機動捜査課の委員長と呼ばれている。

あかりは、軌道捜査課のオフィスに入るとまっすぐ課長が座っているデスクに向かう。

デスクの前で足をそろえると教科書に載っているような敬礼をする。

「あかり・クライファート巡査。命令により出頭しました」

「ご苦労様。楽にしていいわ」

そう言うと機動捜査課の課長である千早 冴子は、デスクにタップである人物のデータを呼び出した。

タップの画面をあかりに向ける。

「この人物をどう思う?」

あかりの目が鋭くなる。データを全て読み取り頭脳が解析を開始し即座に答えを導き出す。

「クルードな人物です。今のブラックハウンドには、必要のない人物だと思います」

冴子は、その様子を見て微笑みながら言った。

「その人物と今日からコンビを組んでもらいます」

ブラックハウンドは、事件の捜査に捜査員二人でコンビを組ませるという方法を使っている。

理由は、お互いのバックアップと不正を行わないようにお互いを監視するためだ。

「理由を聞かせていただけますか?」

あかりは、特に動揺せず冷静に言う。

「理由は、三つあります。あなたが彼を捜査の面でサポートできる人材だから。

そしてあなたに彼のブレーキ役になってもらうため。

最後に彼があなたにとってきっとプラスになる人物だと判断したからよ」

冴子は、指を三本立てながら理由を説明した。

「了解しました。命令とあれば従います」

「ありがとう。彼は、今、隊長室で着任のあいさつをしているはずよ。

その後こちらに来る筈だから少しここで待っていて」

「了解しました」

あかりは、もう一度タップに映っている人物のデータに目を通した。

犯人の検挙率は、確かに素晴らしい。

だが賞罰の項目に目をやるとその素晴らしさが一変する。

独断専行に命令違反、命令不服従に装備の私的使用と警官としての罰が目を通すのも

うんざりするほど書かれている。

だがそれもかつてのブラックハウンドの警官だったと言われれば納得できる。

だがこんな人物がなぜ自分のプラスになるのだろうか。

あかりは、疑問に思った。そしてこうも思う。

(古い猟犬は、もういらない。これからは、私達、新しい猟犬の時代だ)

確かそんなことわざが古代中国にあった筈だ。

あかりは、そのことわざが何か思い出せないまま隊長室で相棒となる人物が来るのを待った。



隊長室で鳳翔は、ブラックハウンドでは、二度目となる着任のあいさつを行った。

隊長の前でもブラックハウンドの制服ではなくライダースーツのままだ。

制服は、すでに支給されているのだが鳳翔は、自分のスタイルを貫くことにした。

それに一度、ブラックじゃウンドの制服を脱いだ自分がもう一度、その制服に袖を通すことは、ずっとブラックハウンドの制服を纏っている者達のスタイルを汚 すような気がした。

「鳳翔 刻巡査。ブラックハウンドに本日づけで配属になりました」

隊長の椅子に座っているのは、鳳翔の知っている人物であったが以前とは違う人物だった。

そのことに驚きながら鳳翔は、敬礼を行った。

「着任を許可します」

現ブラックハウンド隊長・御堂 茜は、敬礼を返した。

鳳翔は、その声にかつての温かさがないことに再び驚く。

御堂は、鳳翔がブラックハウンドに勤めていたころは、オペレーターとして働いていた。

そのころの茜は、警官達のよき相談役として捜査の助言者とし温かい声を送ってくれた。

鳳翔も新米の頃、何度も助けてもらった。今となっては、懐かしい思い出だ。

だからこそ目の前にいる人物が思い出の人物と同一人物とは、鳳翔には思えなかった。

「鳳翔巡査は、機動捜査課の配属になります。すぐに任務につくように」

「了解しました」

敬礼を行い隊長室から退出すべく鳳翔は、茜に背をむけた。

「鳳翔巡査」

その背に茜が声をかける。氷の冷たさを持った声だった。

「あなたは、どちらの味方?」

「俺は、市民の味方、犯罪の敵です」

茜が出した質問の意図とは、違う意図の答えだった。

しかし鳳翔は、質問の意図を理解せずに即座に常に自分が持っている猟犬としての誇りを口に出した。

最初にこのブラックハウンドで心に嵌っている誇りという名の宝石。

それは、今も昔と変わらぬ輝きを放ちながら鳳翔の心の深い所に嵌っている。

或いは、変わってしまった茜に自分の変わらぬ誇りを見せて暗に茜が変わってしまったことを非難したかっただけもしれない。

そのことに気がつくと鳳翔は、そのまま振り返ることなく隊長室から退出した。

鳳翔は、廊下の喫煙所で煙草を吸い気分を落ち着かせた後その足で機動捜査課のオフィスに向かった。

 機動捜査課のオフィスで鳳翔を待っていたのは、二人の女性だった。

二人の女性に対して鳳翔が抱いた二人の第一印象は、学校の先生と学級委員だった。

二人とも一見して現場に出るタイプの人間では、なかった。

(やれやれ。自己保身と出世にしか興味がないキャリア様のお出ましだ。)

これが鳳翔が抱くキャリアの印象だった。昔は、ここまで毛嫌いしていなかったが

ニューヨーク市警時代にいやというほど無能なキャリアの命令に振り回された鳳翔は、

キャリアのことを生理的に嫌うようになった。

それ以来、鳳翔は、無能なキャリアの命令には、従わず独断専行でたびたび事件を解決してきた。

そのたびにキャリアに嫌味と共に罰の覧を増やされた。おかげで出世とデスクワークとは、無縁の生活である。

鳳翔がデスクワークをするのは、上司に始末書と報告書を提出する時だけだ。

(ブラックハウンドも変わったな。これじゃニューヨーク市警と同じじゃねぇか)

かつての上司は、鳳翔に警官のいろはを一から文字通り鉄拳と共に叩き込んでくれた人物だった。

鳳翔にとって数少ない尊敬する人物だった。

そして現場の苦労を知っている唯一の上司だった。

しかしその人物は、もうブラックハウンドにはいない。

(やれやれ。とっとと着任のあいさつしてパトロールに行くか)

うんざりした気分のままおざなりに敬礼し適当に着任のあいさつをする。

鳳翔の態度に学級委員の方が嫌悪の表情を見せるが特に鳳翔は、気にしなかった。

「ご苦労様。私が機動捜査課・課長の千早 冴子です。楽にしてちょうだい」

先生の方が敬礼を柔らかな微笑とともに敬礼を返す。

「機動捜査課の職務については、理解しているわね。鳳翔巡査」

「犯罪者を捕まえる。ブラックハウンドにそれ以外の職務ってありましたかね?」

鳳翔は、やる気なさげな口調と態度で答える。

鳳翔の答えと態度に我慢できなくなった学級委員が口を挟む。

「我々機動捜査課は、重犯罪の初動捜査を担当します。

ただ犯罪者を捕まえればいいというものでは、なく・・・」

「課長。このお嬢ちゃんは、何ですか?課長の秘書ですか?」

学級委員の言葉を鳳翔は、お題目を聞くのは、結構という態度で耳に指を突っ込みほじると更に言葉を割り込ませた。

「あなたとコンビを組むあかり・クライファート巡査です」

鳳翔は、じろじろとぶしつけな視線をあかりに送った。

あかりは、こみあげる怒りをこらえるためか握り拳が震えている。

「冗談でしょう?こんなお嬢ちゃん現場じゃ役に立ちませんよ」

鳳翔の言葉についにあかりは、我慢しきれず怒りを爆発させた。

しかしあかりの言葉には、怒りの熱さは皆無で冷たい皮肉の刃で鳳翔を切りつけた

「ええ。私は、誰かさんのように現場に出て上司やFBIと一悶着起こさないと気がすまない方と違って現場に出なくても犯人を捕まえられますから。

現場に出る必要なんてありません」

「課長。お嬢ちゃんも嫌がっているのでコンビは、別の人間にして下さい」

渡りに船とばかりに鳳翔が冴子に告げる。

「誰が嫌がっていると言いましたか。それにそのお嬢ちゃんって呼び方辞めて下さい。

私には、あかり・クライファートっていう名前があります」

「お嬢さんをお嬢さんと言って何が悪い。最近のブラックハウンドの入隊資格は、どうなってんだ? 

こんなお嬢さんを入隊させるなんて簡単になったもんだな」

「ええ。昔のように暴力しかふるえない人が入隊できなくなって市民の皆様からも好評です。

今のブラックハウンドには、今のブラックハウンドのやり方があります。

昔が懐かしいならどこかの酒場で酒でも飲んでくだでも巻いていたらどうですか?

あなたには、その方がきっとお似合いです」

あかりは、相変わらず澄ました表情で冷たい言葉を重ねる。

「お嬢ちゃん。言っていいことと悪いことがあるぜ。

あんたに昔のブラックハウンドの人間のやり方を教えてやろうか?」

昔のブラックハウンドをけなされ鳳翔の怒りをぎりぎりの所で止めていた理性の歯止めが完全に切れた。

鳳翔が言葉を実行に移すべく拳を鳴らし始める。

「あなた達いいかげんにしなさい!」

冴子は、椅子から立ち上がりデスクを両手で叩くと機動捜査課のオフィス内に響きわたる声で二人の口喧嘩を止めた。

その声にオフィス内にいた人間が何が起こったのかと仕事の手を止め課長のデスクに注目の視線を送る。

冴子がオフィス内の注目の視線に気がつき口に手を当て一つ咳払いをする。

すると何事もなかったようにオフィス内の全員が仕事に戻る。冴子は、再び椅子に座った。

「鳳翔巡査。コンビを組む人間といきなり口喧嘩をするなんてどういうつもりなの」

鳳翔は、悪びれない態度で堂々と言い放つ。

「鳳翔家の家訓の第一条に従っただけです。人を誉める時は、大きな声で。自分の不満を言う時は、もっと大きな声で。

そして他人の悪口を言う時は、まず殴れ。

そういう風に子供の頃から教えられたもので」

「家訓は、わかったからあなたにあかり巡査と上手くコンビを組もうという気持ちは、

ないの」

「ありません。足手まといと現場に出るのはいやです」

鳳翔は、遠慮も容赦も無くきっぱりと言い放った。

「あかり巡査。あなたは、どう?」

「私は、命令に従います」

言葉とは、裏腹にあかりの表情には、鳳翔への嫌悪がありありと浮かんでいる。

冴子は、二人の態度を見てしばし考え込んだ。

「わかりました。コンビについては、再考します」

冴子がタップを操作し二人に見せるように画面を向ける。

「しかしそれは、この事件をあなた達二人で解決してからです。それと鳳翔巡査」

「なんスか?」

「あなたには、次の三つのことを禁止します。独断専行、命令違反、猪突猛進。

いいですね」

冴子が指を三本立てながら言った。

「お言葉ですが課長。俺が独断専行するのは、命令が来るのが遅いからです。

命令違反するのは、命令が間違っているからです。

そして猪突猛進するのは、他の連中が俺より遅いだけです」

冴子が今までの様子から鳳翔の性格を分析する。

どうやら頭ごなしの命令には、反発するタイプのようだ。

従わせるため方法を変える必要がありそうだ。

できれば何か搦め手から攻めた方がいいだろう。

その搦め手は、先ほど鳳翔が自分で教えてくれた。

冴子が世間話をするように鳳翔に話しかける。

「ところで鳳翔巡査。家訓では、女性との約束については何か書いてあるの?」

「家訓には、約束は、必ず守れと書いてあります。

昔約束を破ったらと親父に顔の形が変わるほど殴られて三日間バイクに乗せてくれませんでした」

突然話題を変えられ意味もわからず鳳翔は、素直に答える。

「なるほど」

冴子が頷く。冴子が推理するところこの鳳翔家の家訓というものは、おそらく鳳翔の両親が作り上げたものだろう。

今でさえこれほどの聞かん坊なのだ。

子供の頃は、もっと聞き分けが無くかなり手を焼いたに違いない。

推理するに第一条も両親が口喧嘩で負ける前に一発相手を殴って黙らせろという意味で教えたに違いない。

これも一流レーサーに育て上げる為の英才教育の一つなのだろうか?

冴子は、鳳翔の両親に尋ねてみたくなった。

「鳳翔巡査。これは、命令ではなく私との約束です。いいですね」

冴子は、わがままをいう子供をなだめる母親のように言った。

「・・・!」

鳳翔は、してやられたという表情でそのまま固まる。

気を取り直した後も反発する気にならなかったらしい。

そのまますねたように口を開こうとしなかった。

二十代後半のはずなのにその様子は、まるっきり子供と一緒だ。

「あかり巡査もいいですね」

「了解しました」

あかりは、落ち着きを取り戻しいつもと変わらぬ口調で答えた。

「よろしい。では、事件について説明するわ」

事件は、犯罪組織の抗争によって頻発している殺人だった。

原因は、スラム街の利益をめぐってN◎VAのヤクザである河渡連合と最近N◎VAに進出してきたカーライルシンジケートの争いである。

殺されているのは、河渡連合の幹部達だ。すでに十人やられている。

犯人については、不明。手口は、近距離での刺殺から遠距離からの狙撃と幅広い。

その場にいた全ての人間が殺されているため犯人の目撃例がないのだ。

更に一時間前アサクサ・アンモニアアベニューで十一人目の犠牲者が出た。

「この犯人を捕まえれば裏にいる組織もわかる筈よ。すぐに捜査にかかって」

鳳翔とあかりは、敬礼をするとオフィスから出た。廊下に出ると鳳翔が口を開いた。

「俺は、現場に行く。お嬢ちゃんは、どうする?」

「私も現場に行きます。報告書だけでは、見落としがあるかもしれないので」

あかりを単なるキャリアだと思っていた鳳翔が意外そうな表情であかりを見る。

「あっそ」

少しだけあかりを見直したが鳳翔だったが協力して捜査をするつもりはまったくなかった。

鳳翔は、あかりをその場に残し足早に駐輪場に向かう。

「鳳翔巡査。バイクの運転が大変お上手と聞きましたが」

あかりは、皮肉めいた言い方で鳳翔の背に言葉を投げつける。鳳翔が足を止める。

「ああ。昔から親父にしごかれてな。ストリートでならレース場をちんたら走ってるそこいらのレーサーにゃ負けねぇよ」

鳳翔は、自信たっぷりに言い放った。

鳳翔の父は、一流バイクレーサーで鳳翔も子供の頃からバイクに親しんできた。

偉大な父に反発し主戦場は、レース場ではなくストリートだった。

おかげでN◎VAの道路という道路を知り尽くしている。

さらにかつてのブラックハウンド時代やニューヨーク市警で幾度となく犯人とチェイスし更に腕に磨きがかかっている。

「現場まで送ってくれると大変助かるのですが」

あかりは、鳳翔と関係の修復のためこの言葉を口にした。

あかりには、公私混同によって捜査を失敗するつもりはなかった。

後は、鳳翔がどう判断するかだ。

断るならそれは、それでいい。

その時は、自分だけで事件を解決するだけだ。

それが自分にはできる実力があるということをあかりは、信じている。

「いいぜ。その代わり乗ってから後悔するなよ。俺の運転は、荒っぽいぜ」

鳳翔が挑戦的な目であかりを見る。

「ええ。了解しました。鳳翔巡査」

負けずにあかりが挑戦的な微笑を浮かべる。

二人は、鳳翔の愛車・ムラマサが置いてある駐輪場に向かった。

 ブラックハウンド基地から最後に殺人があったアサクサのアンモニアアベニューにブラックハウンドの二人は、たどり着いた。

時間は、安全運転した時にかかる時間のほぼ半分。鳳翔は、一応あかりのことを気遣い六割の実力に抑えて運転したのだ。

それでもあかりは、バイクから降りると青い顔をしており足取りもふらふらと頼りない。

「大丈夫か?」

鳳翔の問いにあかりは、無言でしゃがみこみ気分悪そうに手で口を抑えている。

「無理せず吐いちまえ。ここなら誰も気にしねぇよ」

デリカシーというものを微塵も気にせず鳳翔は、あかりを気遣った。

アンモニアアベニューは、居酒屋やナイトクラブが軒を並べる典型的な歓楽街だ。

アンモニアアベニューの名前の由来は、街の通りに染みついたすえた匂いからだ。

原因は、酒や生ゴミそして歓楽街につきものの酔っ払いが生み出す副産物からだと言われている。

あかりは、立ち上がると頼りない足取りで一軒の居酒屋に入っていった。

恐らくトイレを借りるつもりなのだろう。

「やれやれ。育ちのよろしいことで」

あかりの様子を見てあきれたように鳳翔は、呟く。

鳳翔は、近くに自販機を見つけるとコーヒーを二本買う。

コーヒーのタブを開けムラマサによりかかりゆっくりと飲む。

コーヒーを飲み終わってもあかりが出てこないので鳳翔は、懐からたばこを取り出すと火をつけ吸い始める。

耳をすますと居酒屋から口論の声が聞こえる。

鳳翔は、たばこを吸い終え吸殻を地面に投げ捨てると居酒屋に乗り込んだ。

中では、昼間から酔っ払っている人相のよくない男とあかりが言い争っている。

どうやらあかりは、酔っ払いにからまれているらしい。

酔っ払いは、あかりの手を掴んだまま酌をしろだの何だのと言っている。

下心が見え見えだ。

「何やってんだ? お前」

かなりあきれて鳳翔は、あかりに問いただした。

あかりは、鳳翔に気がつき事情を説明する。

「こちらの方がかなり酔っ払われていてその・・・理性的な判断ができないらしく・・・このような事態になっています。

今、説得中ですのでもう少し待ってください」

そう言うとあかりは、再び酔っ払いを説得し始めた。

しかし酔っ払いは、全然聞いていない。

それどころかどんどん調子に乗り始めあかりの尻を撫でまわし始める始末だ。

鳳翔は、一応あかりの説得の成功を待つことにした。

あかりが悪戦苦闘している様を眺めながら鳳翔が考え込みぽつりと小さな声で呟いた。

「しかしブラックハウンドもなめられたもんだな。

いや、あのお嬢ちゃんがなめられているのか?」

鳳翔が疑問を口に出すと何だか酔っ払いを殴らないといけない気になってきた。

二秒も待ったからのだからもういいだろう。これ以上待つのも馬鹿らしい。

鳳翔は、二秒で事態を収束させるべく行動に出た。

まず酔っ払いの人相の良くない顔面のど真ん中に一発右拳を叩き込んだ。

表現しにくい擬音を発しながら後ろに吹っ飛んでいく。壁にぶつかりようやく止まる。

「てめぇ何すんだ! 俺が誰か知ってるのか! こらぁ!」

酔っ払いは、鼻血を流しながら立ち上がると懐からドスを引き抜いた。

鳳翔は、懐から無言で大型オートマチック拳銃BBマキシマムを取り出すと酔っ払いの足元に全弾撃ちこんだ。

店内に銃声が響きわたる。

酔っ払いは、必死に弾をよけるべく足を鶏のようにばたつかせる。

銃弾によって畳に十個の大穴ができた。

全弾撃ち尽くすと酔っ払いは、その場にへたりこんだ。

酔っ払いの股の間から何やら黄色い液体が流れ出している。

鳳翔は、楽しそうに口笛を吹きながら慣れた手つきでマガジンを交換すると再び酔っ払いの足元に狙いをつける。

その様子に酔っ払いは、土下座してあやまりはじめる。

「最近のやくざは、根性ねぇな。たった1マガジンで土下座かよ。もう少し根性のあるところ見せてくれよ。

ニューヨークのカーライルの下端だって2マガジンは、耐えるぜ」

鳳翔の言葉に酔っ払いは、更におびえ畳に額をすりつけ必死にあやまっている。

店主とあかりは、あまりのことに言葉を失い呆然と立ち尽くすしかなかった。

鳳翔は、これ以上の脅しは必要ないと判断するとBBマキシマムを懐にしまいこむ。

「苦情と畳の請求書は、ブラックハウンド機動捜査課の千早 冴子に送っといてくれ。

お嬢ちゃん。行くぞ」

鳳翔は、店主に言い放つと店から出て行った。あかりもその後をついて行く。

店主は、人形のように首を縦に振った。あかりは、店から出ると即座に口を開いた。

「鳳翔巡査。あのやり方は、なんですか。一般市民を殴り更に発砲するなんて服務規程違反です。

それに千早課長に苦情と請求書を送っといてくれなんてどういうつもりですか」

「服務規程なんて守ってたら捜査なんてできるか。

それに上司っていうのは、苦情の処理と部下の失敗の責任を取る為に存在するんだ。知らなかったのか?」

鳳翔は、さも当然という表情と口調で言い切った。鳳翔の言葉にあかりは、絶句する。

ここまで警官としてのモラルと常識を欠いた人間が存在することが信じられなかった。

「何だ? その鳩が豆鉄砲食らったような顔は?」

「あきれてるんです・・・。あなたの非常識ぶりに」

「そうか。お嬢ちゃんとコンビを組むのは、今回だけだ。我慢しろ」

鳳翔の頭には、自分が我慢するという思考がまったく存在していなかった。

鳳翔は、止めておいたムラマサまで歩くと置いておいたコーヒーをあかりに投げる。

「口直しに飲んどけ」

あかりは、鳳翔の投げたコーヒーを受け止める。

「・・・ありがとうございます」

小さな声で鳳翔に礼を言うとあかりは、コーヒーを飲み始めた。

鳳翔の気遣いに少し鳳翔への認識を少し上方修正する。

「飲み終わったら現場に行くぞ。今度は、死体見て吐くんじゃねぇぞ。お嬢ちゃん」

デリカシーがまったくない鳳翔の言葉にあかりは、鳳翔への認識を再び大幅に下方修正した。

 現場の通りには、KEEP OUTと書かれた黄色いビニールテープが張られている。

周りには、企業警察SSSの警官達が遺留品の捜査に当たっている。

鳳翔とあかりは、ブラックハウンドのバッジをかざして現場に入っていく。

死体は、すでにブラックハウンドの死体遺留所へと運ばれており道路には、死体のあった痕跡を示す赤い血と人をかたどった白いチョークの線だけがあった。

鳳翔とあかりは、近くにいたSSSの警官から状況の説明を受ける。

事件の被害者は、河渡連合の幹部だった。通りかかった通行人で犯人の姿を見たと思われる人物数人も一緒に殺されている。

殺害方法は、刺殺。凶器は、短い刃物と思われる。

「それと今回は、公衆DAKに犯人の姿が映っていました。すでに賞金もかけられています」

SSSの警官が事務的な口調で告げる。

「何ぃ? それを先に言えよ。そいつを捕まえればいいだけじゃねぇか。

とっととデータよこせ」

SSSの警官の言葉に鳳翔が噛みつく。

SSSの警官は、慌てて鳳翔とあかりにデータを渡す。

画像には、被害者に単分子ナイフを突き刺す犯人の姿が映っていた。

犯人の顔は、幼くどう年齢を多く見積もっても十代後半くらいの少年だ。

「名前は、ネロ。Xランク市民です。先ほどサイコと認定されました」

「ああ、だから賞金がかかったわけか。面倒なことしやがって」

鳳翔が毒づく。ニューヨークは、バウンティハンター協会の本部がある。

賞金稼ぎの厄介さは、ニューヨーク市警時代に身にしみてよくわかっている。

鳳翔にとって賞金稼ぎとは、ずかずかと土足で警察の領分に踏み込んでくる厄介者だ。

ニューヨーク市警時代に賞金稼ぎが犯人を殺してしまったためそこで事件の糸を絶たれてしまったことが何度もあるからだ。

鳳翔は、ポケットロンを取り出すとブラックハウンド基地のオペレーターを呼び出す。

「鳳翔だ。今から送るデータの犯人を指名手配しろ」

「わかりました。データを確認します。2秒待ってください。・・・確認しました。すぐに指名手配します」

「俺は、アサクサからストリート辺りを探してみる。情報があったらすぐに連絡くれ」

鳳翔は、オペレーターの返事を待たずポケットロンを切るとムラマサの方へ走り出した。

「鳳翔巡査。待ってください」

あかりが走っていく鳳翔を呼び止めた。鳳翔が立ち止まる。

「何だ? お嬢ちゃん」

「まだこの子が犯人と決まったわけではありません。きちんと証拠を集めましょう」

「ちょっと待て。この画像が何よりの証拠だ。それ以外の証拠なんて必要ねぇ」

鳳翔が意外そうな声をあげた。あかりが鳳翔の言葉に頭痛を覚えた。

「この画像が問題です。今までの犯人は、何一つ証拠を残していません。

公衆DAKの画像すら今まで発見されませんでした。

それなのに今回に限って画像が残っている。

自分の姿を見たと思われる通行人を殺しているのにです。おかしいと思いませんか?」

あかりは、落ちこぼれの学生に勉強を教える先生のように丁寧に画像のおかしな点を説明した。

「まったく思わん」

鳳翔は、あかりの丁寧な説明を理解しようともせず即座に言い切った。

あかりががっくりと肩を落とす。それでもあきらめず鳳翔を止めるため言葉を続ける。

「鳳翔巡査。犯人を捕まえてもし誤認逮捕だったら問題になります。

確実な証拠を集めてから行動しても遅くはないはずです」

「お嬢ちゃんの言いたいことはだいたいわかった」

あかりがほっとした表情になる。どうやら鳳翔は、思いとどまってくれたようだ。

「だがな誤認逮捕しても始末書をだせばいいだけだ。まったく問題ない」

それだけあかりに言うと鳳翔は、ムラマサに飛び乗り走り出した。

犬の唸り声のような排気音が響かせ風のごとき速さであっという間にあかりの視界から小さくなっていった。

「ぜんぜんわかってない! この単細胞!」

あかりの心からの叫びは、犬の遠吠えのように響いた。

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