Hi’z 5 Errand〜はいず 5 えらんど〜

トーキョーN◎VA-The-Detonation

小説

シーン13 それぞれの戦い〜誰かのために〜

白耀姫とセレス・劉の目の前に長い通路が現れた。

その先に見えるのは、四階へと続く階段。

通路には、敵の姿は無く辺りに潜んでいる気配も感じられない。

余りの無防備さが白耀姫とセレス・劉に通路を渡るべきかどうか迷わせている。

セレス・劉がしゃがみ床に手を当てる。

精神を集中するために瞑目する。ゆっくりと目を開くと剣指を重ね合わせる。

「白耀姫様」

「なんじゃ」

「私が合図したら一気にこの通路をまっすぐ駆け抜けてください。よろしいですね」

白耀姫がセレス・劉を見る。

一点の曇りもない凛とした表情のセレス・劉の表情に白耀姫がしばし見惚れる。

「わかった。そなたの言うとおりにしよう」

「ありがとうございます。何があっても振り返らないように。

全速力で駆け抜けてください」

白耀姫が頷くといつでも走り出せるように前傾姿勢を取る。

「防御の真髄は、円に有り。喉! 天! 太極を描け!」

セレス・劉が凛とした声を響かせ重ね合わせた剣指を勢いよく離す。

左右の袖から白い犬と黒い犬が飛び出す。

「白耀姫様。今です!」

合図を受けて白耀姫が駆ける。

白耀姫の両脇を守るように白い犬と黒い犬がぴったりとついて行く。

「喉!」

セレス・劉の声を受け白い犬が宙へ飛ぶ。

そして天井より舞い降りてきた黒装束の男達をを全て蹴散らす。

「天!」

黒い犬が白耀姫の前に出る。壁より現れた黒装束の男達を蹴散らす。

白耀姫は、獲物を追う虎の如く階段だけを見据え振り返ることなく駆ける。

その人間離れした速度に黒装束の男達は、追いつけず引き離される。

引き離された黒装束の男達は、白耀姫の追撃をあきらめ目標をセレス・劉へと変える

黒装束の男達が一斉に手裏剣を投げる。

視界全てを埋め尽くすほどの手裏剣の群れがセレス・劉に襲いかかる。

セレス・劉は、臆することなく前方を見つめ犬を操り白耀姫を守ることだけに集中する。

そして剣指で自分の急所に降りかかる手裏剣だけを弾き落とす。

背中、足、腕に次々と手裏剣が突き刺さる。

苦痛に屈することなく冷静にセレス・劉は、犬を操り続ける。

犬達は、白耀姫に襲いかかる黒装束の男達を次々と蹴散らしつづける。

その間も次々と手裏剣がセレス・劉に降り注ぎつづける。

手裏剣の量は、次第に増えていく。

白耀姫に振り切られた黒装束の男達が次々とセレス・劉に向かって来ているからだ。

セレス・劉も剣指で弾き落とし続ける。

動くたびに突き刺さった手裏剣のつけた傷から血が流れる。

徐々にセレス・劉の動きが鈍り始める。

それでもセレス・劉は、犬を操り続ける。出血のせいか視界が霞み始める。

白耀姫が階段までたどり着くまで目測で約十メートル。

彼女の脚力なら二秒とかからないだろう。

襲撃は、あと一度が限度だろう。

そう判断するとセレス・劉が自分の防御を捨て犬を操ることだけに集中する。

最後の襲撃は、何処から来る?

出血により目は、霞み当てにならない。セレス・劉が掌を床に当てる。

床に当てた掌から黒装束の男達の気配が何処に潜んでいるかを読む。

周りを囲んでいる黒装束の男達は、自分を殺すために殺気を放っている。

まだ殺気を放ってない気配がまだ潜んでいる黒装束の男達だ。

天井にはいない。左右の壁にもいない。白耀姫の前方にもいない。

「喉! 天!」

セレス・劉の声に答え白い犬と黒い犬が床に飛び込む。

犬達が床に掘られていた穴に隠れていた黒装束の男達を蹴散らす。

その間に白耀姫が階段に向かって駆ける。

白耀姫が一度だけこちらに振り返り立ち止まる。

霞んだ視界でもなぜか彼女が怒っているのがわかる。

こちらに向かっても戻ってきそうな白耀姫をセレス・劉が手で制する。

「白耀姫様。お急ぎを」

白耀姫がその声を聞いても動かない。

「中華街をお守りください」

振り絞るようにセレス・劉が叫ぶ。

白耀姫がそれを聞きようやく階段に駆け上がっていく。

セレス・劉は、白耀姫が階段を上ったのを見ると満足したように微笑んだ。

もう腕を上げる力も入らない。犬達は、遠くここまで戻ってこられない。

霞む視線が黒装束の男達が投げた無数の手裏剣を見つめる。

もったいぶるようにゆっくりと飛んでくる手裏剣をセレス・劉は待ち続けた。

あの手裏剣が身を貫く時、自分は、死ぬだろうと覚悟しながら。



 白耀姫が凄まじい勢いで五階へと駆け上がる。そのまま止まらずに駆ける。

そうしないと心が張り裂けそうだったからだ。目の前に壁が立ちはだかる。

「邪魔じゃ!」

怒りや悲しみが入り混じり荒れ狂う心が求めるまま壁に拳を突き出す。

コンクリート程度ならば軽々と突き破る威力の拳だった。

鉄を叩いたような衝撃が腕を通して体に伝わる。

その衝撃に白耀姫が戸惑う。

「いったい何じゃ。この壁は?」

白耀姫が壁を手で触れる。色は、墨のような漆黒。滑らかな手触り。

ひし形のような小さな形が組み合わさり壁を形成している。

壁にしては、どこかで見覚えがある形と手触りだった。

白耀姫がゆっくりと記憶の糸を手繰り思い出す。

「・・・青竜のおじさんの鱗に似ているのか」

自分の言った言葉の意味に気がつき白耀姫がはっと上を見上げる。

錆びた鋼のような匂いが鼻につく。

見上げた視線の先に見えたのは、巨大きな牙が並んだ顎だった。

大きく開かれた顎の奥にちろちろと真紅の炎が見える。

「くっ」

白耀姫が慌てて飛び退る。炎は、一瞬前に白耀姫がいた所に浴びせかけられる。

そのまま炎は、白耀姫を追いかけてくる。

白耀姫が立ち止まり炎と対峙する。

炎が白耀姫に浴びせかけられる。

「渇!」

その瞬間、白耀姫が猛虎の咆哮のような裂帛の気合を発する。

炎が白耀姫を恐れるように真っ二つに裂ける。

白耀姫が視界を覆い尽くす黒い壁の正体を見極めようと大きく後方へ飛ぶ。

血走った大きな目に巨大な牙が覗いている顎に長い首。

力強く逞しさを感じさせる前肢に剣のような爪。

しなやかな鞭のようにしなっている長い尾。

そして山のような巨躯にふさわしい雄大な紅い翼。

「なんじゃ? この蜥蜴のでかい奴は?」

白耀姫があきれたように叫ぶ。

その声に怒ったように白耀姫に向かって尾が鞭のように飛んでくる。

凄まじい勢いと視界を埋め尽くすその太さに白耀姫が逃げ場を見つけられず呆然と

立ち尽くす。

「だらしねぇな。小娘!」

横合いから飛び出してきた人影が尾を受け止める。

尾の勢いに押されフロアの床を踵で削りながら白耀姫の近くまで人影がやって来る。

「お主!?」

白耀姫が驚きの声を上げ目の前の光景を疑う。

「でけぇ蜥蜴ぐらいでびびってんじゃねぇよ」

仁之介が白耀姫を鼻で笑う。

仁之介の手から逃れようと黒竜が激しく尾を動かすが仁之介は、小揺るぎもしない

仁之介がむんと尾を握る両手に力をこめる。

「白虎大回転尻尾投げ!」

技名のようなものを叫ぶとそのまま尾を持ったまま仁之介は、自ら独楽のように回転を始め黒竜をぶんぶんと振り回す。
そして砲丸投げのようにフロアの端に向かって投げ捨てる。

黒竜が壁を何枚も破壊しフロアの端にぶつかりようやく止まる。

地震のようにフロア全体が揺れその衝撃で崩れた瓦礫が黒竜に降り注ぐ。

「おう。よく飛んだな」

仁之介は、ぱんぱんと手の埃を払いながらのん気に言った。

「お主どうやってここに来たのじゃ」

白耀姫が仁之介に詰め寄った。

「白房がお前を助けないと隠れ里に帰らないって駄々をこねやがるから姉貴の転移の術を使ってここまで来てやったんだ。
感謝しろ」

仁之介が素っ気無い口調で答える。

「何? ということは、白房もここに来ておるのか?」

仁之介がそっちを見てみろと言わんばかりに白耀姫の背後を指差す。

白耀姫が振り返るとそこには、茜に抱きしめられた白房がいた。

白房が茜の手からぴょんと飛び降り白耀姫の方に駆けてくる。

白耀姫がしゃがみ白房を抱きとめる。

「白房。来てはならぬと言ったではないか」

(やだ! はくようきといっしょにいく!)

白房が駄々をこねる子供のように左右に首を振り白耀姫に強く訴えかける。

白耀姫が困った顔で助けを求めるように茜と仁之介を見る。

仁之介は、あらぬ方向を向き二本の指を口に当てタバコを吸う真似をしている。

どうやら無関係を装っているつもりらしい。

「白耀姫。白ちゃんと一緒に行ってきなさい」

茜が静かな声で言った。白耀姫が意外そうな顔で白耀姫を見る。

茜ならば白房を止めてくれると思っていたのだ。

「あなたと一緒に悪いアヤカシを倒さないと白ちゃんは、隠れ里に帰ってきてくれないの。

急いで倒してきてね」

茜は、涼しい顔でさらりと言った。

「そうなのか? 白房」

(うん。だからいっしょにいこう)

白房がじっと白耀姫を見つめる。

白耀姫が根負けしたようにため息をつく。

「わかった。一緒に行こう」

(わーい)

うれしそうに白房が尻尾を振る。そして白耀姫の腕をよじ登り背中にぶら下がる。

「よし。しっかりと捕まっているのじゃぞ。白房」

(はーい)

白耀姫が立ち上がる。

「さて。階段は、どこじゃ?」

白耀姫がきょろきょろと周囲を見回す。

仁之介がとんとんと白耀姫の肩をつつく。

「なんじゃ?」

仁之介が無言で指差す方向を見る。

そこには、瓦礫を跳ね除け起き上がる黒竜の姿があった。

白耀姫が驚いたように目を見開く。

黒竜が生きていたのに驚いたのではない。

瓦礫が探していた物とよく似た形だったのだ。

階段は、先ほど仁之介が黒竜を投げた衝撃で破壊されていた。

「この大うつけめ!」

ぎりぎりと拳を握ると仁之介に向かってぶんと振るう。

仁之介は、このことを予想していたのか白耀姫から遠く離れた所に移動していた。

「不可抗力だ。許せ」

反省がまったく見えない態度で仁之介がぬけぬけと言い放つ。

「どうするのじゃ! これでは、次の階に行けぬではないか!」

眉を上げ白耀姫が怒鳴る。

「姉貴。送ってやってくれ」

仁之介の言葉に茜が眉をひそめる。

「あなた、私をタクシーと勘違いしてない? そんな簡単に出来たら苦労しないわよ」

「ようするに強い妖気が出てるとこに二人を送り込んでしまえばいいんだよ。簡単だろ?」

仁之介の言葉に茜が考え込む。考えをまとめ口を開く。

「妖気探知とその場所に縁を繋ぐのと転移の術をかけるのに最速で十分。

死ぬ気で時間稼ぎしなさい」

仁之介が口の端を上げて不敵な表情を作る。

「蜥蜴を相手にたった十分でいいならいくらでもやってやるぜ」

茜が心配そうに仁之介を見つめる。

その様子に仁之介が口をへの字に曲げる。

「何だよ? 俺が負けると思ってるのか?」

「仁之介。あれは、蜥蜴じゃなくて立派な竜よ。油断すると痛い目を見るわよ」

仁之介がまじまじと黒竜を見る。

「あいつのどこが竜なんだよ。俺が五十年前に戦った奴と全然違うぞ。

青くねぇしとぐろ巻いてねぇし」

「あなたが二十三年前に戦ったのは東海の青竜でしょ。それは、東洋の竜よ。

あれは、西洋の竜よ。わかった?」

茜が学校の先生のような口調で言うと仁之介がうんざりという風にへぇへぇと頷く。

「じゃ、ちょっくら喧嘩してくら。姉貴。後は、頼んだ」

仁之介がうれしそうに胸の前で左右の拳をばんばんとぶつけると黒竜に向かって堂々と真正面からのしのしと歩いていく。

その後ろ姿を不安そうに白耀姫が見つめる。

「あやつに任せて大丈夫なのか?」

(だいじょうぶだよ。じんのすけにいちゃんとってもつよいんだ)

白耀姫の背中にぶら下がっている白房が信頼しきった声で答えた。

「そうなのか?」

白耀姫が茜を見る。

「ええ。殴り合いだけの喧嘩なら兄弟の中でも一・ニを争うわね。
それに実戦経験も豊富だしちょっとやそっとじゃ死なないくらい頑丈よ」

「私の父と三日三晩戦ったとか青竜と戦ったと言っておったが本当なのか?」

「本当よ。暇になると勝手に隠れ里を抜け出して現実世界で喧嘩相手を探して喧嘩するのが

趣味だから。おかげで尻拭いするのはいつも私の仕事よ」

茜がふうと疲れたようにため息をつく。

「それでいつも勝つのか?」

「ほとんど負けてるわ。いつも自分より強い相手に喧嘩を売りに行くから。

私が覚えているだけで中華四聖獣に負けてるし北斗聖君と南斗聖君にも負けてるし

カムイST☆Rにいるアングマールの魔王にも負けてるわね」

負けた相手の名前を聞き白耀姫があきれたように口を開ける。

「よくもそれだけ喧嘩を売ったものじゃ。しかも全部負けてくるとはあきれるしかないな」

「ええ。でも不思議と生きて帰ってくるのよね。しかも負けるたびに強くなっていくの。もうあきれるしかないわね」

それだけ言うと茜は、精神を集中するため瞑目する。

することがない白耀姫と白房は、仁之介の戦いを見守ることにした。

白房は、よいしょと前足に力をいれ白耀姫の右肩に顔を載せる。

わくわくしているのか尻尾を激しく左右に振っている。



仁之介が堂々と黒竜の真正面に立ちはだかる。

黒竜が聞く者全てが震え上がるような咆哮を上げる。

仁之介は、脅えた様子もなく黒竜を睨みつける。

仁之介が指を一本上げちょいちょいと曲げる。

「いいからかかってこいよ。俺の四十八の必殺技をくれてやるぜ」

黒竜が仁之介の態度に怒ったのか前肢を振り上げる。

そして仁之介に向かって振り下ろす。

轟音とともに床が砕け瓦礫が巻き上がる。

仁之介は、前肢を寸前にかわすと黒竜の下顎に向かって垂直に飛ぶ。

「食らいやがれ! 青竜顎殺し!」

仁之介が言葉と共に右拳を下顎に突き上げる。

黒竜が拳に顎を突き上げられその勢いで天を仰ぐ。

そのままの勢いで仁之介が黒竜の頭上に出る。

「玄武甲羅砕き!」

黒竜の頭上でくるりと身をひねり踵を斧のように黒竜の頭に振り下ろす。

黒竜の頭が床に激しく叩きつけられる。

仁之介がすたっと床に降り立つ。

そして白房に向かってVサインを見せる。

「どうだ。白房。兄ちゃん強いだろ」

(うん。にいちゃんがんばって)

白房が興奮したように尻尾を振っている。

「あのどこかで見たようなインチキくさい技ととってつけたような胡散臭い技名は、

いったいなんなのじゃ?」

白耀姫があきれたように呟く。

(えー。かっこいいよ)

白房が意外そうな声を上げる。

「白房。お主達の美的センスは、どうなっておるのだ?」

白耀姫があきれたように白房とその兄を見る。

「よっしゃ! 新必殺技いくぞ!」

仁之介がぶんぶんと腕を振り回し黒竜に向かって突進。

そして跳躍すると右腕を横に伸ばしL字に曲げ肘の部分で黒竜の首の根元を刈り取るように叩きつける。

「食らえ! 西洋式鳳凰豪腕葬!」

黒竜の首の根元の鱗がガラスの砕けるような音をたててL字にへこむ。

(わーい。しんひっさつわざだ!)

白房が歓声の代わりにうれしそうに吼える。

「お主達、犬神だという自覚はあるか?」

頭痛をこらえるように白耀姫がこめかみを抑える。

黒竜が着地した仁之介に向かって素早く顎を振りおろす。

そして大口を開けると仁之介を頭から飲み込む。

何度か咀嚼するとごっくんと喉から胃の中に仁之介を流し込む。

そして黒竜は、不味そうに舌をだした。

あまりのことに白房と白耀姫が言葉を失い呆然とする。

(あかねおねえちゃん! じんのすけにいちゃんが!)

白房が慌てて茜に仁之介の危機を訴える。

茜がゆっくりと目を開ける。

「あの程度で死ぬような男ですか。そのうちケロッとした顔で出てくるわ」

茜は、まったく心配してない態度で言った。

「それより準備ができたわ。今から二人とも転移させるから目を閉じて」

茜が更に精神を深く集中し妖気探知し縁を繋いだ場所の風景を思い浮かべる。

白耀姫と白房の姿が陽炎のように揺らめき始めそのまま溶け込むように消えていった。

「さて。もう一人の弟の面倒を見に行きますか」

茜が黒竜の方に臆することなくすたすたと歩いて行く。

黒竜が息を吸い込む。炎を吐く前触れだ。

「遅い」

茜の瞳が真紅に輝き黒竜が真紅の炎に包まれる。

「炎を吐き出すのに動作が必要な竜が私に立ち向かうなんて身のほど知らずね」

茜の瞳が更に輝きを強める。炎が塔のように高く燃え上がる。

「私は、燃やすと思った瞬間に相手を燃やせるのよ。動作なんて何も必要ないの」

そのまま炎は、天井知らずに燃え上がっていく。

黒竜が炎の熱さにのたうちもがき苦しむ。鱗が炎の熱で飴のように溶けていく。

「さようなら。灰燼に帰しなさい」

ついに黒竜が横倒しに倒れ動かなくなる。

炎は、勢いを止めることなく黒竜を燃やしていく。

「あら? まだ出てこないわね」

茜が困ったように首をかしげる。

「もうちょっと熱くしないと出てこないのかしら?」

茜の言葉と共に容赦なく火勢が強くなる。

「あちちちちっ!」

赤い炎の中から黒い人影が飛び出してくる。床に転がり体中についた火を消す。

「姉貴! 俺まで殺す気か!」

体中から煙を立ち上らせ肉の焼けるいい匂いが漂わせながら仁之介が怒鳴る。

顔は、煤で黒くなり髪は焦げてちりちりになっている。そして体中に火傷ができている。

「頑丈だけが取り柄のあなたならあれくらいの炎じゃ死ぬはずがないと思ったのよ」

茜が涼しい顔で答える。

「死ぬって! いくら何でもあれは、俺でも死ぬ!」

仁之介が燃えている黒竜を指差す。

炎は、黒竜の体を燃やし尽くし灰すら燃やし尽くし黒竜の存在をこの世界から一片も残さず燃やし尽くした。

「生きているじゃない。まったく説得力ないわね」

茜は、仁之介の言葉をまったく取り合わない。

「姉貴。実は、俺のこと嫌いだろ」

仁之介がぺろぺろと右手の火傷を舐める。

「今ごろ気がついたの? あなたも昔は、可愛い子だったのに何でこんな不良になっちゃったのかしら」

茜がふうとため息をつく。仁之介がふてくされたようにそっぽを向く。

そんな二人に向かって炎が浴びせかけられる。

「ちぃ!」

仁之介が舌打ちと共に床に転がり炎をかわす。

茜は、真紅の眼光で炎を睨みつけ炎そのものを退ける。

「もう一匹いたのね」

茜の視線の先に新たな黒竜が咆哮を上げている。

「いや。姉貴。さっきまで気配はなかったぜ。恐らく新手だ」

「じゃあ、どこかに黒竜が死ぬたびに補充する召喚陣でもあるのかしら?」

きょろきょろと茜が周囲を見回す。それらしき物は見当らない。

「姉貴。召喚陣を探して解除してくれ。俺はあいつと喧嘩してくる」

仁之介が拳を鳴らし咆哮を上げ黒竜に向かって突進する。

「それじゃ探しますか」

茜は、精神を集中するため瞑目する。

その耳には、仁之介が技名を叫ぶ声と黒竜の咆哮が届いていた。



 手裏剣は、セレス・劉にはいつまでたっても突き刺さらなかった。

突然、現れた人影が大太刀を振るい投げられた手裏剣の全てを叩き落したのだ。

セレス・劉が信じられない物を見るように目を見開いた。

目の前には、見慣れた一角獣の紋章。

「すまない。遅くなった」

マキシマム・揚がセレス・劉の方に振り返る。その顔には、汗と疲労が色濃く滲んでいる。

「マキシ様。どうして・・・」

セレス・劉が驚いた表情を見せる。

マキシマム・揚が傍に立っていることを信じられないようだ。

「二階を歩いていたら爆風に巻き込まれそうになって君の気配を頼りに転移した。

おかげで俺は、助かった」

「そうですか。あの・・・マキシ様。お願いが・・・あるのですが」

「何だ?」

「少し・・・休んで・・・よろしいですか? 術を・・・使いすぎたようです」

セレス・劉が弱々しい声で言った。

「ああ。俺がこいつらを殺すまで君は、休んでろ。終わったら起こしてやる」

マキシマム・揚が優しく微笑む。

「はい。ありがとう・・・ございます」

セレス・劉が目をゆっくりと閉じる。

マキシマム・揚は、彼女がもう二度と瞳を開けないことを知っていた。

マキシマム・揚が怒りと殺意に満ちた目で黒装束の集団を睨みつける。

戦闘用サイバーウェアは、強制終了したままで再起動ができない。

体調は、最悪。転移の術を使ったせいで更に疲労が増した。

痛みと疲労で正直、立っているのがやっとだ。

それでも怒りと殺意が体を突き動かした。

背後に現れた気配を振り向きざまに斬りつける。

壁にぶつかったような手ごたえが伝わってくる。

構わず力を込め壁を押し斬りそのまま大太刀が進む。

鋼と鋼がぶつかり合う音が響く。

「ちょ・・・ちょっと待ってください」

その声にようやくマキシマム・揚が相手の顔を見る。

「探偵か」

マキシマム・揚が大太刀を引く。

来栖も自分の顔を守るように垂直に立てていたハースニールを下ろす。

「あの・・・何があったんですか?」

「手をだすな。あいつ等は、俺が殺す」

マキシマム・揚が再び黒装束の集団に向き直る。

「そんな無茶な。あいつ等は、マスター・ニンジャですよ。一人じゃ無理だ」

「手を出したら貴様も殺す。いいな」

マキシマム・揚が殺気のこもった冷たい声で言い放つ。

来栖がその声に脅えたように体を震わせる。

そして次々と放たれる手裏剣を大太刀で叩き落しながら一歩一歩踏みしめるように歩き

黒装束の集団に近づいていく。そして大太刀が振るわれるごとに赤い血飛沫が舞う。

舞う血飛沫を見てマキシマム・揚が冷たい笑みを見せる。



マキシマム・揚の心の中に忍び寄り囁く影がいる。

あの時、あなたは、剣を振る理由を大切な者を守るためだと言った。

それは、偽りだと囁く影がマキシマム・揚の心に優しく囁く。

本当は、剣を振るう理由が欲しいだけだと囁きは続く。

復讐者として剣を取り戦い復讐を成し遂げた。

剣を振るう理由は、そこで失われた。

剣を手放すつもりだった。生もそこで終わるはずだった。

だが誰もそれを許してはくれなかった。

だから新たに剣を振るう理由が必要だった。

理由も無く剣を振るえるほどあなたは、強くないの。

あなたは、自分でそうだと思っている。

だが本当は、剣を振るって戦いたいだけなのだ。

うれしいでしょう。セレスが死んで再び復讐という理由を得た。

喜びなさい。敵は、有り余るほどいる。

さあ、思うまま剣を振るい殺しなさい。

本当の自分を曝け出し全てを忘れ去るぐらい剣を振るい殺し続けなさい。

黄 紫星への友情も、揚 華月への愛情も・・・。

「五月蝿い。黙れ」

マキシマム・揚が殺気のこもった冷たい声で囁く影の声を遮る。

「勝手に人の心に入り込むな」

マキシマム・揚が剣を振るう自分の姿を想像し心の中に送り込む。

そして囁く影に斬りつける。

囁く影が美しい女の姿を現し振るわれた剣を手に持った扇子で剣を弾く。

女は、艶然と微笑む。

「美人なのは認めてやる。だがな華月の方が美人だぜ」

マキシマム・揚が揺れ動く心を押さえつけ再び囁く者に斬りかかる。

周りを囲む黒装束の一人に飛燕の如く大太刀を振るい両断する。

肉体と精神両面を攻められながらもマキシマム・揚は、休むことなく肉体と精神の両面で剣を振るい続ける。



来栖は、取り残されたようにぽつんと立っている。

セレス・劉に気がつき来栖がしゃがみ込む。

眠るように片膝をつきしゃがんでいるセレス・劉の首筋に手をやる。

脈はなく肌は冷たい。

来栖が手を戻し鮮血に染まりながら剣を振るっているマキシマム・揚に目をやる。

「そういうことか」

来栖が納得したように頷く。

「ハースニール」

来栖の呼びかけに応じるようにダイアモンドが閃光を放つ。

閃光が止み西洋鎧に身を包み砂金をまぶしたように輝く髪を青いリボンで後ろにまとめた凛々しい顔の小柄な女性が現れた。ハースニールが人間の姿になったの だ。

「お呼びですか? マスター」

相変わらず鋼のように硬く冷ややかな声で来栖に告げた。

「ああ。今から彼女を生き返らせるから護衛してくれ。あとあそこで戦っている奴も

危なくなったらこっそりと助けてやってくれ」

来栖がマキシマム・揚を指差す。

「わかりました。ところで一つ質問があるのですが」

「何だ?」

「マスターは、還魂呪文を使ったことがあるのですか?」

「ない」

来栖が即座にきっぱりと答える。

ハースニールが凛々しい表情を曇らせる。

「まあ、何とかなるさ。呪文なら死んでる時にじいさんが詠唱してるのを聞いて覚えた」

「人の命がかかっているのに不謹慎です」

来栖が人の悪い笑みを浮かべる。

「俺の記憶の中に「還魂呪文の成功の秘訣は、気合と信念だ!」と言っている君の姿があるんだがどういうことかな?」

来栖は、ハースニールと契約した際にハースニールの記憶も全て引き継いでいる。

「彼の援護に入ります」

ハースニールが来栖にくるりと背を向ける。

「気合と信念か。それだけなら俺でもなんとかなるよな」

深呼吸して精神を落ち着けると来栖が呪文の詠唱を始める。

朗々とした声で規則正しい韻律と神秘的な響きが紡ぎ出され始めた。

シーン12 Order Of Kight〜騎士の使命〜に戻る

シーン14 アヤカシ〜神獣達の戦い〜に進む

TOPに戻る

トップページ
日記
トーキョー N◎VA
WCCF
全選手入場!!
リンク集

Copyright© 2005-2006
子供の御使い All Rights Reserved.
Powered by sozai.wdcro