白耀姫は、旺盛な食欲を見せ次々と食器を空にしていく。
白房と若葉があきれながらその様子を見つめている。
白く輝く米で満杯だった電子ジャーを空にしてようやく白耀姫の箸が置かれた。
「ふむ。腹八分めにしておくか。美味かったぞ」
「・・・お粗末さまです」
じと目で白耀姫を見ながら若葉は、空になった食器を片付け始める。
机の上にぴょんと白房が飛び乗る。とことこと机の端まで歩き右前足で白耀姫の肩を叩く。
(ねぇねぇ)
「なんじゃ。白房」
(ぼくにじんかのじゅつをおしえて)
「ふむ」
白耀姫は、自分の顎を撫でながら白房の小さな体を見つめる。
「お主は、まだ幼い。今は、まだ無理じゃ」
(そんなのやってみないとわからないよ!)
白房の強い語気に白耀姫が驚いたように目を丸くする。そして面白そうに微笑む。
「確かにそうじゃ。その意気や善し! では外に出るがよい。教えてやろう」
(わーい)
白房が尻尾を振りうれしそうに机の上をくるくると回る。
その首をひょいと白耀姫が捕まえ持ち上げる。
「善は、急げじゃ。行くぞ。白房」
(くび。くび。くるしいよ。もちかたかえて)
白房が宙に浮いた足をじたばたさせる。
「すまぬ。ではどうしたらよい」
白耀姫がそっと白房を床に下ろす。
(えーと。うしろむいてしゃがんで)
「こうか?」
白耀姫が白房に背を向けしゃがむ。
その背を白房がとことこと上り白耀姫の左右の肩に白房は左右の前足をかけぶら下がる。
(これでいいよ)
「・・・これが一番楽なのか?」
首を横に向け白耀姫が背後の白房に問いかける。
(そう! ながめもいいんだ!)
ぱたぱたとうれしそうに白房が左右に尻尾を振る。
「ならば私は、何も言うまい。行くぞ」
そのままの格好で白耀姫と白房は、母屋を出て神社の境内に出る。
「この辺りでよかろう。降りるがよい」
(はーい)
白耀姫がしゃがむと白房は、左右の前足を外しそのまま白耀姫の背中を滑り石畳の上に降りる。白耀姫が白房に向き合う。
「では、人化の術のコツを教えよう。まず妖気を集中する」
白房が四肢に力をこめふんばる。妖気を集中しているようだ。
「そして自分が人間になった姿を想像する」
白房が目を閉じ額に皺を寄せる。自分が人間になった姿を想像しているようだ。
そのまま十分経ち白房が目を開ける。
(つぎは?)
「手順は、これだけじゃ」
十分間、腕を胸の前で組み無言で白房を見ていた白耀姫が素っ気無く言った。
(えー。できないよ。なんで?)
白房がわがままを言う子供のように白耀姫の足に自分の前足をかけ白耀姫に寄りかかる。
「ふむ。妖気が足りないのか。それともお主の想像力が欠如しておるのか」
白耀姫も自分の顎を撫でながら考え込む。
「一回でできれば天才じゃ。何度も試しコツを掴むがよい。努力あるのみじゃ」
(はくようきは、なんかいでできるようになったの?)
「一回じゃ。私は、白虎一族の由緒正しい血を受け継ぐ者じゃ。
簡単な術ならば呼吸をするくらい当たり前に使うことができる。む? どうした? 白房」
白耀姫の話を聞きに白房が落ち込んだように石畳にべったりとへたりこんでいる。
(ぼくには、やっぱりむりなのかなぁ?)
「男が一度くらいの失敗で情けない声を出すものではない。さぁ。立つのじゃ。
お主くらいの年では、できなくて当然。できれば天才じゃ」
励ますように言うと白耀姫がしゃがみこみ白房を優しく抱きかかえ立ち上がらせる。
(うん! ぼくがんばる!)
「そうじゃ。その意気じゃ。頑張るのじゃ。白房」
特訓は、それから一時間続けられた。。
来栖が石段を上り皆川神社の境内に入る。すでに日が暮れ始めている。
すぐに目に飛び込んできたのは、白い子犬とチャイナドレスに身を包んだ気の強そうな少女の姿だった。
少女の方が白い子犬に色々と話しかけている。
(何やってるんだ? 遊んでるのかな)
来栖は、不思議そうにその光景を見ながら白い子犬に注目する。
くるりと巻いたかわいい尻尾。赤い布に結び目に光り輝く玉。額に牡丹型のあざ。
(ほぼ間違いないな)
参拝してから来栖は、石段を降りる。そしてポケットロンで依頼人に電話をかける。
「もしもし。来栖です。白房君を見つけました。皆川神社という所にいます。はい。
それでは、ここでお待ちしています」
来栖は、ポケットロンをしまい石段に座り依頼人を待つことにした。
日が暮れかけた頃、依頼人の茜と仁之介が現れた。どうやら歩いてきたらしい。
相変わらず仁之介は、不機嫌そうな顔で茜は、白房が見つかったうれしさからか顔に柔らかい笑みが浮かんでいる。
「それで白ちゃんは、どこに?」
「神社の境内で女の子と遊んでますよ」
「まあまあ、お友達かしら。元気そうでしたか?」
「ええ、元気そうですよ。早く行ってあげたらどうですか?」
「そうですね。仁之介。行きますよ」
三人は、石段を登り神社の境内に辿り着いた。来栖が白房を指差す。
「あの子だと思うんですがどうですか?」
「間違いありません。来栖さん。ありがとうございます。こちらお礼です」
そう言うと茜は、来栖に1シルバーのキャッシュを手渡した。
「いえいえ。こちらこそ。また何かあったらお願いします。それでは私は、これで」
来栖は、石段を降り帰路についた。
「じゃあ、行きましょう。仁之介」
「おう」
茜の後に仁之介が続く。白房と白耀姫は、二人に気がつかずに特訓に集中している。
仁乃介が後ろから白房の首を鷲掴みにすると持ち上げる。
そして白房の顔を自分の顔の所に持ってくる。
「よう、白房。迎えに来たぜ!」
(じんのすけにいちゃん!)
白房がきょとんとした顔で仁之介の顔を見る。
「私もいるわよ」
茜が白房に見えるように手を振る。
(あかねおねえちゃんも!)
白房がうれしそうにぱたぱたと尻尾を振る。
「じゃ、帰るぞ」
そのまま白房を鷲掴みしたまま仁之介が石段に向う。
その背に衝撃が走り仁之介が石畳に倒れこむ。
その拍子に白房が空中に投げ出されたが白耀姫が手を伸ばし受け止める。
「お主等、私の白房に何をする! 事と次第によっては、許さぬぞ!」
白耀姫がすらりと伸びた片足を上げた体勢で言い放つ。
どうやら仁之介の背中を蹴り飛ばしたようだ。
仁之介が立ち上がりサングラスを胸ポケットにしまう。
「私の白房だと! そいつは、ウチの弟だ!」
「ふん。聞けばこの五年間探さず放っておいて今ごろ引き取ろうとは、虫の良い話じゃな。
白房は、我が一族で手厚く保護する。お主達は、尻尾を巻いて帰るがよかろう」
「我が一族だと! てめぇどこのもんだ!」
仁之介が犬歯を剥き出しにし怒りに満ちた声で怒鳴りつける。
白耀姫が冷笑を浮かべ答える。
「よかろう。名乗ってやろう。私は、西海の守護者にして白虎一族の戦姫、白耀姫じゃ。
わかったならとっとと尻尾を巻いて帰るがいい」
「白虎一族だと! ちょうどいい! この傷の借りを返してやるぜ!」
仁之介が拳を握り疾風のような速さで白耀姫に襲いかかる。
「白房! 下がっておれ! すぐに決着をつける!」
白耀姫は、白房を下ろすと即座に仁之介に向かって駆け出した。
仁之介の拳と白耀姫の蹴りがぶつかり合う。
爆発が起こったような打撃音が辺りに響く。
(ねぇ、ねぇ。ちょっと! やめてよ! じんのすけにいちゃんもはくようきも!)
白房がおろおろした口調でテレパシーを飛ばすが二人とも聞こえてないようだ。
戦う二人を尻目に茜が白房を後ろから優しく胸に抱きかかえ戦いに巻き込まれないように遠くに避難する。
「あの二人は、ほっときましょう。白ちゃん。お姉ちゃんとっても心配したのよ」
(あかねおねえちゃん。ふたりをとめてよ!)
仁之介の拳と白耀姫の蹴りがぶつかり合うたびに衝撃波が起こり石畳が捲れあがる。
「あら。全然、重くなってないわね。ちゃんとご飯食べてた?」
茜は、のんきな口調で白房に尋ねる。
(うん。ちゃんとたべてたよ。ここのわかばちゃんにごはんもらってた)
「そう。じゃあその若葉さんにお礼をいないといけないわね」
(うん。そうだね。って。あかねおねえちゃん。だからふたりをとめてよ!)
茜が微笑むと白房の頭を撫でる。白房が気持ちよさそうに目を閉じる。
「白ちゃんは、優しい子ね」
遠くから再び爆発のような打撃音が響いてくる。
白房がその音で我を取り戻し目を開け茜の方に振り返る。
(あかねおねえちゃん。そうじゃなくてふたりをとめてよ)
「白耀姫さんは、白ちゃんとどういう関係?」
どことなく刺があるような口調で茜が白房に尋ねる。
(えーと、はくようきがあぶなかったところをぼくがたすけたの。
ぼくは、はくようきからじんかのじゅつをおしえてもらってたところ)
白耀姫と仁之介は、いつの間にか鳥居の上で一進一退の攻防を繰り広げている。
二人の拳と蹴りがぶつかり合うたびに起こる衝撃により鳥居が大きく揺れる。
「うーん、どうしようかしら」
(あかねおねえちゃん。このままだとじんじゃがこわれちゃうよ。
わかばちゃんがこまっちゃうよ)
「それは、確かに迷惑をかけちゃうわね」
茜は、白房の言葉にようやく事態の重大さに気がついたようだ。
「じゃあ、止めるわね」
茜の瞳が赤く輝く。その瞬間、仁之介と白耀姫の体は、真紅の炎に包まれた
「なんじゃ!」
「姉貴か! 熱いじゃねぇかっ!」
仁乃介と白耀姫が同時に声を上げる。
「喧嘩やめないと真っ黒焦げにしちゃうわよ」
茜が口に手を当てのんきに言った。
茜の瞳は、赤く輝き続けており二人を包む炎は、どんどんと勢いを増している。
「わかったのじゃ。いますぐやめる」
「姉貴、俺が悪かった。だからもうやめてくれ」
たまらず仁之介と白耀姫が茜に許しを請う。
「本当かしら。嘘だったら灰も残らないほど燃やしちゃうわよ」
茜の言葉を裏付けるように更に炎の勢いが増す。
遠く離れた白房のところまで熱さが伝わってくるほどの凄まじい炎だ。
二人を包む炎が竜巻のように渦巻き天に上っていく。
「黄竜に誓うのじゃ。だからやめてくれ」
「お姉さま。私が悪うございました。お願いですからこの炎を止めてください」
(ねぇねぇ、あかねおねえちゃん。もうふたりともはんせいしてるみたいだから
ゆるしてあげてよ)
白房が不安そうに茜に語りかける。
「白ちゃんがそう言うなら許してあげましょう」
茜の瞳から赤い輝きが消える。それと共に仁乃介と白耀姫を包んでいた炎が消える。
仁之介と白耀姫の肌には、ところどころ火傷ができていた。
「二人ともいつまでもそんな所にいないで早く降りてらっしゃい」
茜の言葉に従い仁之介と白耀姫が鳥居から降りてくる。
仁之介は、やれやれといいいたげな疲れた表情だが白耀姫の方は、茜への怒りを噛み殺しているのか唇が震えている。
よく見れば握った拳も震えている。
白房がぴょんと茜の手から飛び降り白耀姫の方へ駆けていく。
白耀姫がしゃがみ白房を抱きかかえる。
(だいじょうぶ?)
白耀姫の手に火傷を見つけた白房は、自分の舌で癒すように火傷を舐める。
白耀姫の怒りに震えていた唇がたちまちくすぐったさによって緩んでいく。
「こ・・・こら。やめるのじゃ。白房。くすぐったいのじゃ」
白房の舌のざらざらした感触に白耀姫が思わず声を上げる。
(ごめん)
白耀姫の言葉を聞き白房があやまる。白耀姫が白房の頭を優しく撫でる。
「あやまらなくともよい。その心遣いだけで私は、十分じゃ」
その様子を茜の隣に来た仁之介が白房と白耀姫の馬鹿らしそうに見ている。
「どうよ? 姉貴」
「何が?」
「あの白虎一族の小娘だよ。ありゃ俺の見た所、白房に気があるな」
「そう」
興味なさそうに茜が答える。
「何とも思わないのか? 可愛い末弟があいつに取られるかもしれないぜ?」
からかうように笑いながら仁之介が言った。
「その時は、きっと後悔するわね」
「やっぱり」
茜の答えに相変わらずからかうような調子で仁之介が言う。
「ええ、きっとそうなったらなぜさっきあなたと一緒に灰も残らないほど燃やし尽くしてしまわなかったのかと後悔するでしょうね」
ぞっとするほど静かな口調で茜が呟く。仁之介の表情が凍りつく。
「なあ、姉貴。さっきもしかして本気で燃やし尽くすつもりだったのか?」
茜は、意味深な微笑みを浮かべただけで何も答えなかった。
仁之介は、茜の微笑みを見て脅えたように肩をすくめ一言呟く。
「女って奴は、怖いねぇ。くわばら、くわばら」
白房を胸に抱いた白耀姫が茜と仁之介の所にやって来る。
(なかでみんなでおはなししようよ。わかばちゃんもいまちょうどいるし)
白房の提案に茜、仁之介、茜に特に異論はなく母屋に移動した。
若葉は、全員の前にお茶の入った湯のみと羊羹を置くと上座に座った。
白房には、お茶と羊羹ではなくミルクが入った皿とビーフジャーキーが目の前に置かれている。
若葉から見て右側に茜と仁之介が座り左側に白耀姫と机の上に座った白房がいる。
「それで白ちゃん。この二人が白ちゃんのお姉さんとお兄さん?」
若葉が茜と仁之介を見る。どう見ても人間にしか見えない。
(うん、そうだよ)
白房がそうだというように尻尾をぱたぱたと左右に振る。
「私は、犬塚 礼姫 茜と申します。今まで白ちゃんがお世話になりました」
茜が正座したまま若葉に丁寧にお辞儀する。
「俺は、犬塚 黒房 仁之介だ。弟が世話になったな」
仁之介があぐらのまま気安い態度で若葉に向かって片手を上げた。
そして行儀悪く出された羊羹を手で掴み一口で飲み込む。
更に手を伸ばし茜の羊羹に手を出そうとしたが茜にぴしりと手を叩かれ手を引っ込めた。
「それで今日は、白ちゃんを引き取りにこられたのですか?」
「そうです。長い間お世話になってしまい感謝の言葉もございません」
若葉の問いに茜が丁寧に答える。
「ちょっと待たぬか!」
横から慌てて白耀姫が口を挟む。
「勝手に私の白房を引き取らないでくれ。
白房は、我が一族で手厚く保護すると決まったのじゃ!」
白耀姫の言葉に茜が薄く微笑む。
「白耀姫さん。私の末弟をとても大事にしていただきありがとうございます。
ですが兄弟や肉親がいる故郷に帰るというの世の慣わしというもの。
いくらあなたが末弟を大事に思っておられても血縁の繋がりには及びません」
茜の流れるような言葉に白耀姫が歯噛みする。
「結論は、出たようですね。仁之介。白ちゃんをこちらに」
「おう」
仁之介が白房の首に手を伸ばす。その手を白耀姫が払う。
「何しやがる!」
犬歯を剥き出しにし仁之介が怒鳴り机を両手で叩き片膝をあげる。
今にも掴みかからん勢いだ。
「血縁以上の関係ならばよいのだな」
白耀姫の言葉に茜が冷笑を浮かべる。
「悪あがきは、およしなさい。みっともないですよ」
冷笑に対し白耀姫は、勝ち誇ったように胸を張った。
「私は、白房に肌を許したのだ。血縁以上の関係であろう!」
白耀姫の言葉に場が凍りつき若葉、茜、仁之介が驚愕の表情を浮かべる。
白房は、事の重大さに気がつかずのんきに目の前のミルクを舐めている。
「し・・・白ちゃん! 本当なの!」
茜が慌てふためき白房に尋ねる。白耀姫は、満足げな笑みを浮かべ白房に尋ねる。
「白房。私と出会ったあの日、一緒に同じ床で眠ったことをお主の姉と兄に教えてやるがよい」
白房は、器用に右前足でビーフジャーキーの端を抑えてビーフジャーキーをかじりながら言った。
(うん。ぼく、はくようきといっしょにねたよ)
「なにー!」
仁之介が部屋に響きわたるほどの大声を上げた。
「嘘よ・・・」
茜が事実の重みに耐え切れず床に倒れ伏しよよよ、と泣き崩れる。
「白ちゃん。子供に見えてもう大人だったのね・・・」
若葉が呆然と呟く。
「白房は、私の婿ということじゃ。我が一族で手厚く保護するから安心するがよかろう」
白耀姫が自分の勝ちを確信したように哄笑を上げた。
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シー
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